文春オンライン

連載クローズアップ

「国のために死ぬという在り方に疑問を抱いていた」萩原聖人が演じた、戦時下の沖縄における“稀有な存在”とは

萩原聖人(俳優)――クローズアップ

note

 10年前に沖縄県が行った調査によると沖縄戦の慰霊塔(碑)は県内に440あると報告されている。もっとも多い125を数えたのが本島最南端の糸満市。太平洋を望む同市南部の崖上にそびえる「島守之塔」もそのひとつで、米軍の沖縄上陸による戦闘で殉職した県職員、458名が祀られている。

 7月22日より全国で順次公開される映画『島守の塔』は、その地に名が刻まれている島田叡(あきら)沖縄県知事と荒井退造警察部長の物語。島田を演じるのは萩原聖人さんだ。

「島田さんは戦時下の知事という立場にありながら、国のために生き国のために死ぬという、当時、国民に求めた在り方に疑問を抱いていたと思います。だから、少し稀有な存在だったかもしれません」

ADVERTISEMENT

萩原聖人さん

 兵庫に生まれ、内務官僚として大阪府内政部長を務めていた島田が国から知事に任命されたのは昭和20年1月。南太平洋で日本軍の劣勢が続き、日増しに本土決戦の気配が近づいていた時期である。

 当時43歳の島田は次のように語ったと伝えられる。

《俺は死にとうないから誰かが行って死んでくれとは、よう言わん》

「僕が持った島田さんのイメージは『沖縄=死地へ』ではありません。『葉隠』と西郷隆盛の『南洲翁遺訓』を携えて赴任しているので運命として受け止めていたとは思います。でも生きることを手放してもいなかったのではないか。その心中は分かりませんが、僕はそのように捉えました」

 もう一人の主人公、荒井退造は村上淳さんが演じる。栃木出身で昭和18年7月に沖縄県警察部長に就いた荒井は、県民の疎開と保護に尽力した。

 本作には比嘉凛という知事付きの県職員が登場する。昭和20年は吉岡里帆さん、現代の姿は香川京子さんによって「時代」が映し出される。

「死をも厭わない軍国少女ですが、島田さんの眼には心の美しい人に映っていたと思います。その彼女に、安易に死を選ぶべきではないとその意味を諭したのは、戦争のあとには生きることが当たり前の日が訪れると信じていたからではないでしょうか。だからこそ戦後70年を生き抜いた凛が、彼の言葉を噛みしめたのだと思います」

 昭和20年4月1日から沖縄本島中部で始まった米軍との地上戦で日本軍は追い詰められていく。県庁機能も那覇から南へ、壕から壕へと退転し糸満の摩文仁(まぶに)に至る。6月上旬、島田はその道程で県庁と警察警備隊を解散した。

「島田さんは何のために沖縄に来たのか。後悔はなかったのか。130分では足りないほど五十嵐匠監督には思いが沢山あったと思います。監督とは、単にヒーローではない、人間味や弱さも垣間見えるような姿がちゃんと見えるようにするにはどうしたら良いか、随分と話をしました」

 摩文仁には陸軍司令部壕のほかに幾つかの壕があった。その中の軍医部壕から島田と荒井がともに出ていく姿が目撃されたのを最後に、ふたりの消息は途絶えている。

 戦後、その地に建てられたのが「島守之塔」である。

はぎわらまさと/1971年生まれ。87年、俳優デビュー後、ドラマ、映画、舞台、ナレーションと幅広く活躍。映画『学校』(93)他で多数の映画賞受賞。『マークスの山』(95)、『CURE』(97)では日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。7月29日公開の映画『今夜、世界からこの恋が消えても』にも出演。

INFORMATION

映画『島守の塔』
https://shimamori.com/

「国のために死ぬという在り方に疑問を抱いていた」萩原聖人が演じた、戦時下の沖縄における“稀有な存在”とは

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー