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仲間由紀恵が「気になっていた」と語る報道の内容

『仲間由紀恵・黒島結菜 沖縄戦 “記憶”の旅路』と題されたこの番組は、『ちむどんどん』公式サイトによれば『ちむどんどん』のクランクイン前に既に撮影されていたものだという。ともに沖縄出身である仲間由紀恵と黒島結菜が、沖縄戦の経験者、その記憶に触れる番組になると言う。

「今回の番組は、コロナ禍で沖縄県の戦争についての資料館の入場者が減っているという報道を受けて、『ちむどんどん』チームとしても何か力になりたい……というスタッフの思いから始まって、NHK沖縄局さんと一緒に作ることになったそうです。

 私もその報道は気になっていたのと、優子の過去としっかり向き合う機会にもなると思い、出演をお受けしました。沖縄戦を経験した方々はもちろん、今なお戦争で苦しんでいらっしゃる方々にも届くような番組になっていればうれしいです」

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『ちむどんどん』(NHK公式サイトより)

 インタビューに答える仲間由紀恵の言葉には、沖縄舞台の連続テレビ小説に対して彼女が何を決意して臨んでいるか、その明白なモチベーションがある。総合で45分、9月には沖縄で58分版が放送されると言うその番組の内容がどのようなものなのか、現時点では分からない。だが特別番組として放送される今回のノンフィクションは、『ちむどんどん』というフィクションと表裏一体のものなのだろう。

 第16週『御三味(うさんみ)に愛を込めて』で描かれるのは、東京の和彦の母の反対だ。暢子を「沖縄のお嬢さん」と呼び、住む世界が違うと結婚に反対する、鈴木保奈美が演じる母・重子の姿は、昭和の激しい結婚差別の象徴としてはかなり薄めた、婉曲的な表現かもしれない。

 だが、沖縄で長女の良子が直面する「教師として働くのをやめて家庭に入れ」という近代化を拒む沖縄の地域社会の視線、そして東京で暢子が直面する「学歴のないあなたは息子とは住む世界が違う」という、近代化に遅れた沖縄を見下す東京の視線は、正反対のようでいて、比嘉家の姉妹を同時に追い詰める圧力だ。

 古い差別と新しい差別に苦しむ2人の姉妹を東京と沖縄で同時に描きながら、沖縄料理という、良子にとっては郷土のアイデンディティでありながら暢子にとっては社会進出の意味も持つ「食」で立ち向かう脚本は、描くべきものをきちんと描いているように思える。

 沖縄で進学し教師になる長女と、高卒で本土に旅立ち働く次女。そして2人の姉に引け目を感じ『仕事も恋愛も結婚も、何にもできないまま死んでいくと思う』と嗚咽する繊細な弱さを抱えながら、歌の中に自分を見つける三女。姉妹という形で複数の状況下の女性を描くことにも、こめられた意味はあるのだ。

 食べることは生きることであり、「食っていく」という言葉は職業的自立を意味する。沖縄と料理をめぐる物語がどこに辿り着くのか、残り2ヶ月の放送を見守りたいと思う。それは津嘉山正種や、仲間由紀恵が信じた脚本なのだから。