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「あたしも、お父さんのように死ねたら幸せやな」最期の時間を家族と過ごした90歳女性が亡くなる前に叶えた“3つの願い”

『自分らしい最期を生きた人の9つの物語』より #2

2022/08/04
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「そっか、うれし涙なんだね。おばあちゃんたら、初孫が手をさすってくれたからって喜んじゃって……」

 お孫さんはしばらく手を離すことができませんでした。優しくさする、その手のぬくもりは祖母にしっかりと届いている。意識はなくても耳だけは聞こえていると言うけれど、大切な人の手のぬくもりも伝わるものなんだなって、僕は命の不思議をまざまざと感じました。

寺西さんは3つの願いをすべてかなえて…

 寺西さんが家に帰ってきてからというもの、ますますおうちがにぎやかになっていきました。それは親戚の方たちが毎晩のように夕食に来て、寺西さんのベッドを取り囲むようにして食べるようになったからです。これで2つ目の、「皆と一緒に食事をしたい」という寺西さんの願いがかないました。

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 忙しくて普段なかなか会えない親戚の方たちが集まって、おばあちゃんとともに一家団らん。

「おばあちゃんが私たちを引き合わせてくれたのかもしれないね」

 皆でそう言いながら、温かなひとときを過ごすことができたそうです。

 そうして数週間が経ったある日。午前中に近所の人を招いて一緒にお茶を楽しんだその直後に、寺西さんは本当に眠るように、息を引き取ったそうです。まるで近所の人たちとお茶する日を待っていたかのように。

 よりによって僕は非番で、田中さんのときのように亡くなる瞬間に立ち会えず。現場で看取(みと)った同僚のナースにそのときの様子を聞いて、鳥肌が立ちました。寺西さん、3つ目の「近所の人とお茶する」という願いまで全部かなえて亡くなったのか……。

 不謹慎かもしれないけれど、自分の願いをすべて果たし、最後まで力の限り生き切った寺西さんに、僕は大きな拍手を贈りたくなりました。その願いを受け止めて、かなえてあげたご家族にも。

「たぶん義母にとっては、義父の亡くなり方が理想だったんだと思います」

 寺西さんが亡くなった後に、お嫁さんが教えてくれました。

 寺西さんの旦那さんは、80代後半のときに自宅で寝たきりになってしまい、それから少しずつ食欲もなくなっていきました。でも、その日は珍しく、お嫁さんがつくったかぼちゃのスープをペロッと食べて、おかわりしたそうなのです。