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「あたしも、お父さんのように死ねたら幸せやな」最期の時間を家族と過ごした90歳女性が亡くなる前に叶えた“3つの願い”

『自分らしい最期を生きた人の9つの物語』より #2

2022/08/04
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寺西さんはお嫁さんとも大の仲良し

 はた目からは元気そうに見える寺西さんですが、左半身が動かないため、トイレに行くのも一苦労です。おむつやポータブルトイレを使うという選択肢もありますが、寺西さんは「自分でトイレに行くから大丈夫!」と言って譲りません。

 トイレまでの通路が狭く、車椅子が進入できないため、寺西さんは途中で車椅子からムクッと立ち上がり、壁をつたって歩いていかれます。右手右足で力いっぱい踏ん張りながら……。僕はそれをそばでサポートするのです。

 なるべく人に迷惑をかけたくない。自分ができるところまでは自分でやる。寺西さんの根っこにある芯の強さや気丈な人柄が伝わってきました。

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 ご家族はそんなおばあちゃんのことをリスペクトしています。特にお嫁さんとは大の仲良し。寺西家の辞書には、「嫁姑(よめしゅうとめ)問題」という言葉はないようです。

 以前、お嫁さんが「この家に来たのが私でよかったのかな?」とつぶやいたことがありました。すると寺西さんが「あんたしかいない!」と熱烈ラブコール。以来、ますます絆(きずな)が深まり、なんでも言い合える関係になったと言います。

寺西さんが脳出血で倒れ、病院に救急搬送される

 訪問看護に入って10日目。これからもっと皆さんとお近づきになりたいと思っていた矢先、寺西さんが脳出血で倒れ、病院に救急搬送されてしまいました。

 意識はなく、もう目を開けることも、話すこともできません。危険な状態にあることは間違いないですが、お嫁さんは医師にきっぱりとこう告げました。

「義母は私たちが面倒を見るので、家に連れて帰らせてください。訪問看護師さんにも入ってもらっているので大丈夫です」

 医師は一瞬、驚いた様子でしたが、「それはご本人もお喜びになるでしょう。ぜひそうしてあげてください」と背中を押してくれたそうです。

 終末期にいる家族を在宅で見ることは並大抵のことではなく、誰もができることではないと思います。それを迷いなく決断できたのは、「家に帰ることこそが、おばあちゃんの願いだったから」だと、ご家族が明かしてくれました。