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 私は一瞬動揺して、つばを飲み込んだ。そして「そうですね。確かに、転移ですね。そうすると、私の大腸がんはステージ4ということになりますね」と確かめるように言うと、主治医は「そういうことになります」と頷いた。

 しばしの沈黙のあと主治医は「残念ながら再発予防目的のゼローダは効果がなかったことになります。今後は、次の段階の抗がん剤治療が標準治療になります。鎖骨下静脈から点滴の抗がん剤を入れることになりますが、そのために必要なポート(点滴を行うために皮膚の下に埋め込んで使用する器具)を設置する手術には入院が必要になります。ご都合はいかがでしょうか」と矢継ぎ早に説明を続けた。

 大腸がんなどの固形がんの多くは、ステージ4であった場合の標準治療は抗がん剤であるが、治癒を望むことは難しいという現実や、日常が壊れるほどのゼローダの副作用を経験してしまうと、すぐに「はい」とは言えなかった。

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 そこで、どうするか1カ月ほど考えさせて欲しいと願い出た。主治医は快く受け入れてくれたが、「それでも2、3カ月も、待たない方が良いと思います」とも付け加えた。謝辞を述べて診察室を後にした私は「さあ、いよいよ、その時が来たか」とさすがに、ため息が出るのを抑えることができなかった。

 さて、家人や身近な人々に何と伝えようか。時間が限られているのなら、やらねばならぬことが、いっぱいある。どこから手を付けようか。まずは、ゆっくりと深呼吸を数回繰り返してみた。そして、でも、これが現実。できるだけ冷静に、物事を整理して考えようと自分に言い聞かせた。

 その日の天気は快晴だった。病院の外の木々は、宇宙まで続く真っ青な空を背景に、既に色濃くなり始めた緑色の葉を、5月の風にそよがせていた。

交通事故

 ステージ4と診断された病院からの帰り道、生まれて初めて交通事故を起こした。赤信号で停車中の前の車に追突してしまったのだ。

写真はイメージです ©iStock.com

 ブレーキを踏み一度は停車したのだが、やはり集中力が欠けていたのだろう。ブレーキが甘くなって、車は私が気がつかないほどゆっくりと動き出していたのだ。ゴツンという鈍い音と共に軽い衝撃を感じ、慌ててブレーキを強く踏んだが、後の祭りだった。