昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2022/08/07

 後続車の邪魔にならないようにハザードランプを点けて道路の端に停車した私は、謝りながら、相手の運転手と追突部分を確認した。相手は50歳前後の男性だった。私は、「警察へ連絡しますね」と伝えた。

 だが、私の車の前部のバンパーの一部はへこんでいたが、相手の車には、どこにもへこみがなかった。相手の運転手は、恐縮する私に、「忙しいし、問題なさそうだから、警察呼ばなくてもいいですよ」と言ってくれた。私は「何か不都合があったら連絡ください」と名前と電話番号を書いたメモ用紙を渡した。

 相手が走り去った後、ほっとすると同時に、大きなため息が出るのを抑えられなかった。でも、ごたごたするような事故にならなくて良かった。その日は夕方から遠方での講演の予定が入っていたのだ。それには間に合いそうだ。家人には検査結果は講演から帰宅後ゆっくり話すことにして、講演先に向かうことにした。

何という1日だったのだろう

 ところが東京駅で、講演先に向かう東北新幹線が途中駅の信号トラブルにより、各列車とも出発が大幅に遅れていることを知った。乗車予定の新幹線が時間通りの出発であれば、約束の講演時間に間に合うはずだったが、とても無理だった。そこで、一番早く出発する新幹線の自由席に飛び乗った。その結果、講演時間に何とか間に合った。「緩和ケアの質を問う」と題した講演は無事終了した。

 帰路の新幹線で、1人、缶ビールを飲みながら、今日1日を振り返った。何という1日だったのだろう。

 それにしても、突き付けられた重い現実とどう向き合えばいいのか。だが、ここまで来たら、1日、2日あせっても、事態は何も変わらない。今は、講演の後の、のどの渇きをゆっくり癒そうと、冷たいビールを味わうことにした。

 帰宅後、家人にCT検査で両側肺に転移がありステージ4になってしまった、という事実を伝えた。家人は大きな動揺を示したが、今後のことは一晩考えてから決めたい、という私の意向には同意してくれた。ちなみに、交通事故のことは、無用な心配をかけたくなかったので、今まで、家人にも誰にも話してこなかった。本書で初めて告白することになる。関係者の皆様、今まで隠していたこと、お許しいただきたい。

この記事の写真(4枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー
z