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ようやくオリックスにやってきた“大阪桐蔭出身ルーキー”池田陵真に期待せずにいられない理由

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/08/09

 去年の今頃は東京五輪の終盤戦。ペナントレースはまだ中断中だった。その感覚が残っているのか、8月前半にして残り40試合と聞くと随分早い進行に思え、落ち着かない気分になる。

 7月23日からの5連勝でオリックスの貯金が一時、今季最多の4となり、8月2日からはゲーム差1に迫った西武との首位攻防3連戦を戦った。ここで一気に奪首となれば、僕の53回目の誕生日だった8月2日も、今季の命運を分けた1日!と記憶に残ったかもしれなかったが、娘セレクトの700円シャンパンを飲みながらテレビで見た初戦は山本で負け。この10日前、京セラで生観戦し連勝スタートとなったソフトバンク戦は8回4安打無失点。この夜も勝つイメージしかわかなかったが、リードしてつないだ救援陣が踏ん張れず逆転負け。何事も思い通りにはいかないものだ。

 それでも、残り2つを取れば……と気持ちを入れ直した2戦目は森に1カ月ぶりとなる一発、さらにもう一発を浴び、競り負け。せめて1つは勝っておきたい、と向かった3戦目は中村のサヨナラ弾を含む2発で3連敗。眠れる2人の主砲を起こしてしまい、西武とのゲーム差は4に。ただ、オリックスファンにすれば憎々しい2人にやられた、の思いだろうが、僕の中にはこう書くと読者に怒られそうだが、この2人なら……の気分が残った。

中村、森、中田…大阪桐蔭のスラッガーとオリックスの縁のなさ

 2人にはアマチュア時代から関りがあった。共に大阪桐蔭出身で、中村は僕が脱サラ後、ライターとなり、初めて個別に取材したアマチュア選手。21年も前のことだ。正確にはドラフト博士として知られるライター小関順二氏の取材に同行させてもらったのだが、高校通算83本塁打。ナニワのカブレラとも評されていた中村本人とも話ができ、豪快な打撃の一方で醸し出してきたシャイな空気の中、オリックスに来てほしい、と心の中で願ったものだった。しかし、ドラフトの結果は2位指名で西武入り。

 森とはライター業にもすっかり慣れ、大阪桐蔭に詰めて通うようになっていた中で、度々話を聞いた。細かなことにこだわらない本人の性格もあり毎回ざっくばらんな雑談も交え、大いに楽しんだ。また、森は小学校の時に学童野球の代表選手たちが競う12球団ジュニアトーナメント大会でオリックスジュニアの一員として戦った経験も持ち、生まれ育ちも中村同様に大阪。ドラフトが近づく中でそれとなくオリックスの話題を出すと、球団にこだわりがなかった森は「オリックスですか? 全然いいっす。大阪ドームは打てそうなイメージです」と明るく語っていた。これまで約20年、アマチュア選手を取材し、打つことに関しては、高校生打者として間違いなく僕の中のナンバーワン評価。公式戦出場を始めた高校1年の秋から常に打ち、崩れた形での凡打は皆無。プロでも捕手をやめれば数年で三冠王を獲れる、と何度か記事の中で書いたものだった。

 頼む、獲ってくれ!とドラフト前から気合を入れて願った。しかし、結果は西武単独による1位指名。当時捕手を欲し、獲得していれば前年の藤浪との甲子園連覇バッテリーで人気沸騰間違いなしだったはずの阪神と、同じく捕手を欲し、大阪色を強めたかったはずのオリックス。それぞれ思惑はあったとは言え、ドラフト史に残るバッティングを誇る地元スラッガーをなぜ、1位で獲りにいかなかったのか。両球団の“低評価”が僕にはどうにも納得できなかった。

 プロ入り前から縁があり、その後も活躍を気にしてきた2人が近年、不振続き。今年は故障もあった森は3日の一発が1カ月ぶりで今季のホームランはまだ4本、打率も2割5分台。中村も4日が2カ月半ぶりの一発を含む連発でようやく6本。大いに苦しんでおり、常々、頑張れ、の思いがあった中での久しぶりの大暴れだったというわけだ。

 それにしても――。僕もこれまで最も多く通ってきた高校である大阪桐蔭からはその間、中村、西岡、平田、辻内、中田、浅村、藤浪、森、根尾、藤原……。幾多のスラッガー、剛腕たちが巣立っていったがこれらの面々とオリックスは見事なまでに縁がなかった。中田、藤浪は1位指名も抽選外れ。辻内は巨人と競合の末、くじを引き当てた!と思ったら当時の中村GMが当確印を見間違えてのぬか喜び。

 中田の時にもこんなことがあった。ドラフトが近くなり、本人と話していると「オリックスにいく夢を見たんです」と真面目な顔で言ってきた。当時の中田はこの前年に巨人からオリックスへ移籍してきた清原への憧れを強く持っていた。清原の現役生活は晩年に入っていたが、少しでも一緒にプレーをしたい……、そんな思いを感じる夢の話だった。

 中田については高校1年時から取材を重ね、2年の夏後からは雑誌「野球小僧」での定期連載も含め密着。大人と普通に会話が出来るタイプで毎回取材が楽しく、こちらの思い入れも深まっていった。オリックス入りとなれば履正社時代から僕が追いかけ、2年前にオリックスへ入団していた岡田との“ON砲”の誕生。そんな楽しみも広がっていた。ドラフト前夜には知り合いがやっていた飲み屋で濃紺、赤、黄のオリックスカラーが映えるカクテル「中田スペシャル」も作ってもらい、複数球団の重複が予想されていた1位指名での抽選的中を願った。しかしここでも願いは叶わず……。

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