糸柳が訊くと、F谷さんはあるショットバーの店名を口にした。そのショットバーを経営していたIさんという男性は、糸柳の知りあいで店にもいったことがある。
「バーのマスターのくせに、めっちゃ酒が弱いねん。そんなに弱いんやから、呑まんといたらええのに、ていうたら――」
Iさんはこの店をはじめてから、急に酒が弱くなったといった。
過去に3回も変死があった店舗
ある日、そのバーの常連客が店の前を通りかかったら、昼間なのにシャッターが開いていた。変に思って店内を覗くと、Iさんが床に倒れていた。
常連客は救急車を呼び、Iさんは病院に搬送された。
診察の結果、なぜか片脚が血行障害で壊死しかかっていた。かろうじて切断はまぬがれたものの、軽い障害が残った。そのせいでIさんはバーを畳み、実家に帰った。
「あのままバーをやってたら、亡くなってたと思います」
F谷さんによれば、Iさんのバーがあった店舗は過去に3回も変死があった。あるときは年配の経営者、あるときは従業員が不可解な死を遂げた。
その店舗がスナックだったときは、店がずっと閉まっているのを不審に思った常連客がシャッターを開けた。店内に入ってみると、その店のママがカウンターのなかで首を吊っていた。
糸柳はその店で3件も変死があったのは知らなかった。けれどもIさんがショットバーを経営している頃、常連客のあいだで妙な噂が流れたのを耳にした。
「店ンなかで、生首を見たって客がようさんおったわ」
Iさんがショットバーを閉店したのは8年前だが、そのあとスナックが2軒潰れ、現在はラーメン屋になっているという。
※本文は書籍刊行時(2019年)のままです。