小泉 ロシア軍の標的戦略が、我々の知っているものとだいぶ違う感じがします。恐らく民間施設を狙うのは、国民の士気をくじこうという、古典的な戦略爆撃理論です。ただ、それがドゥーエ(イタリアの軍事思想家。戦略爆撃理論の提唱者)やミッチェル(米軍人。米空軍建軍の父とされる)が夢見たような、敵国の生産能力そのものを破壊するものでなく、日本の南京爆撃とか、アメリカの東京空襲の後半のような、民間人そのものを標的にして、国民の意思をくじく事をロシアは目指している気がするんです。
それを東京やドレスデンのように街を丸ごと焼き払うような空襲ではなく、散発的にウクライナ各地の生活空間にミサイルを撃ち込んで、「どこにも安全なところがないぞ」というような、民間人に対するターゲティングの思想が、どちらかというとテロに近いんですよね。
しかし、4ヶ月半それをやって、ウクライナ市民の抗戦意思がくじかれている様には見えないので、無駄じゃないかと思っています。まだ弾があるうちに軍事施設に攻撃集中した方がいいと思うんですが、そうはならない。思想もあるし能力もあるはずなのにやらないのが分からない。ベトナム戦争の時のアメリカのように、プーチンや政治指導部が空爆目標に口を出すようなことがあるんじゃないかと思っています。
安定と不安定のパラドックス
――主導権はどちらにも無いという話でしたが、ロシア軍は最初の作戦が失敗して、キエフ周辺から撤退して東部に集中する形にして、現在は自軍に有利な火力を前面に押した戦いをしてますよね。現状としては、戦場のイニシアチブはロシアにあるのでは。
小泉 東部はそう思いますね。それに対して、ウクライナが取りうる選択肢は、それ以上の兵力をぶつけてイニシアチブを取り返すか、ロシアのイニシアチブは認めても、なるべくその進行を遅らせて別の場所でイニシアチブをとるか、という2つがあると思いますが、見た感じ今は後者のようです。
――戦争全体の帰趨を左右するような主導権はまだ握れてないですか。
小泉 お互いができていないと思いますね。どこかで決定的なエスカレーションを計らないと、戦争の主導権はとれないと思いますけど、ロシアの手札は動員なわけです。でも、何らかの理由でできていない。核は使った場合、どこまでエスカレートするかわからないので、怖くてできないんでしょう。
つまり、今回ロシアの核が西側を脅している、抑止しているけど、同時に西側の核もロシアを抑止しています。激しい戦争下でも、戦略レベルの核抑止が維持されているという意味では、安全保障研究者が気にしていた危機安定性、クライシススタビリティが一応機能していると思います。
じゃあ、それでいいのかというとそうではなく、その危機安定性が機能するがゆえに、要するに戦争になっても核戦争に至らない確信がある程度あるがゆえに、小規模の紛争ならやっても大丈夫という話になってしまう。いわゆる「安定と不安定のパラドックス」が、今回発現してしまったと思います。
台湾海峡有事などでも同じことが起きかねないので、核抑止が効くということを我々はどう解釈するか、結構複雑な気持ちですね。核抑止さえ効けば、地域レベルの大戦争は抑止できるというわけではない。むしろそれを誘発する可能性さえあるというパラドックスを今回示していると思います。