「(侵攻から)最初の1ヶ月の記憶がないんですよ……」
そう語るのは東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏。ロシアによるウクライナ侵略からしばらくの間、テレビを始めとするメディアで見ない日はなかったといっても過言ではない、ロシアを専門とする安全保障研究者だ。
ウクライナ侵略に踏み切ったプーチン政権に対して厳しい目を向ける氏ではあるが、自身の経験をもとに、市井のロシア人の生活から、国家観、社会を紹介する『ロシア点描』(PHP研究所)を上梓するなど、軍事以外の面での理解の必要性も訴えている。
前編では未だ先の見えないウクライナ情勢の現状について話を伺った。(全3回の1回目/#2、#3を読む)
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一進一退の戦場
――まず、ウクライナの直近の戦況について、小泉さんの見解は?(※インタビューは7月15日)
小泉悠さん(以下、小泉) 一進一退と思います。どちらも大勝ちできる状況にない。ロシア軍は火力が非常に強力で、要するに大砲やロケット砲の数というか、分厚さが半端ない。今は東部のドンバスを中心に真っ平らな地形で戦っているから、遠距離からロシア軍に一方的にやられてウクライナ軍は勝てていない。
ところが、ウクライナ軍はもともと軍隊が約20万人でその他の治安部隊は10万人、計30万人くらいの軍事力だったのが、今は動員で100万人に膨らんでいる。数の上ではものすごく大きな軍隊を持っているので、簡単には負けない。
ただ、ロシア軍に勝てないし、遠距離で戦うと圧倒的にロシア軍の方が強い。一方、ロシア軍は大砲で叩けるけど、占領する兵隊がいない。陸軍種の最大の機能は土地を占領することですが、ロシア軍はそれができていない。お互い強みと弱みを抱えた軍隊が組み合っている状態です。
東部のドンバスの方だと、ある程度ロシア軍が優位に立って、じわじわと村落から大きな主要都市を落としていったから、ルハンスク州まで取れたわけです。ドネツク州もこれからスラビャンスクとかバフムトが焦点になっていくでしょう。スラビャンスクとクラマトルスクを取られると、ドネツク州の事実上の中心部が取られる話になります。
一方で、南のヘルソンなどで、ウクライナが反攻を計ったりして、どっちが戦争全体の主導権を握っているとは言えない状況です。ロシアが動員をかけるとか、アメリカが物凄い規模の軍事援助をするような新しい動きがない限り膠着状態は続き、恐らくこの戦争は長引くと思っています。
ロシアの古典的な爆撃理論
――戦争が始まった当初、誘導兵器や空爆を組み合わせた湾岸戦争型の短期の戦争になるという予想がありましたが、それが頓挫したという形ですか。
小泉 私もよくわからないのが、ロシア軍がまだ誘導兵器を撃ち続けていることなんです。アメリカ国防総省によると2500を超えている。これを開戦初期に一気に叩きつければ、それこそ湾岸戦争のような精密誘導兵器によるハイテク戦争ができたはずです。
今回も弾切れが近いと言われながら、物凄い数の巡航ミサイルを溜め込んでいたと判明していますが、なぜそれを有効活用できないのか不思議でしょうがないんです。開戦劈頭に集中的に指揮通信拠点とか、飛行場とかロジスティクス拠点とかを叩く方法があったはずなのに、1日数十発ベースで散発的にしか撃っていない。それも軍事施設に集中するんじゃなくて、開戦初期から民間施設も狙っていて、よくわからないんですよね。