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「今回の戦争でかなりロシア人の友人を失った」安全保障研究者の小泉悠が直面した、大国・ロシアが持つ“違う世界観”

小泉悠さんインタビュー#3

2022/08/19

 東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏。ロシアによるウクライナ侵略からしばらくの間、テレビを始めとするメディアで見ない日はなかったといっても過言ではない、ロシア軍を専門とする安全保障研究者だ。

 ウクライナ侵略に踏み切ったプーチン政権に対して厳しい目を向ける氏ではあるが、自身の経験をもとに、市井のロシア人の生活から、国家観、社会を紹介する『ロシア点描』(PHP研究所)を上梓するなど、軍事以外の面での理解の必要性も訴えている。

 ここでは、今回のウクライナ侵略に対する自身の見解や、研究者としての心境について伺った。(全3回の3回目/#1#2を読む)

小泉悠さん ©平松市聖/文藝春秋

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この戦争は「ハイブリッド戦争」ではない

――話を戦争に戻します。今回の戦争は多様な主体や手段を用いるハイブリッド戦争であるか否か、識者の間でも分かれていますが、どう思われますか? 

小泉悠さん(以下、小泉)​ ハイブリッド戦争をどう定義するかですけど、2000年代半ばまでにアメリカ海兵隊で議論されてまとまったのが、基本概念だと思うんです。あれって、戦争の勝敗が戦場で決まらない戦いをハイブリッド戦争としているんですよね。

 例えば戦闘でこっちは圧勝してるけど、敵の情報戦で「先に撃ったのはあいつらだ」とか、「民間人を大量殺傷している」となった場合、国内世論や国際世論的に戦争が続けられず、戦略目標を達成できないまま戦争を停止せざるを得なくなることを、アメリカやイスラエルのような民主主義国家は何回も経験してきたわけです。

 そして、「敵はそういうことを意図的に使い始めている」というのがハイブリッド戦争の核心で、戦闘で負けても情報戦で勝てばいいとか、情報戦で勝つためにインターネットを駆使するとか、テロや犯罪的な方法を使うとか、いろんな手段が考えられるわけです。 

 だからハイブリッド戦争では、いろんな手段や主体が投入されるけど、それは結果です。本質は軍事的に優勢な相手と戦うために、戦場の外側のいろんな領域でいろんな手段を使うことがハイブリッド戦争の本質と思うんです。単に多様な手段や主体が関与しているだけでは、ハイブリッド戦争と言わないし、多くの戦史家が言ってるように、その基準だと歴史上のあらゆる戦争がハイブリッド戦争になるので、そういう定義はあまり意味がないと思います。

戦争が欧州に戻ってきた

小泉 今回の戦争でロシアは戦場の外で勝敗を決しようとしているのではなく、古典的な兵力と火力を集中させて、戦場で勝負をつけようとしているように見えます。むしろ、こんな古典的な戦争まだあるんだと、びっくりしています。 

 ウクライナの参謀本部の発表だと、今は戦線が畳んである部分も全部伸ばすと2500キロ、うち1000キロで激しい戦闘が行われている。投入されている兵力は、おそらく敵味方合わせると130万ぐらい。20世紀半ばでこういう戦争は終わったと思っていたけど、また始まっちゃったんですよ。

 この前、NATOが戦略概念(NATOの行動指針)を改訂しましたけど、情勢認識パートは、「戦争が欧州に戻ってきた」という言葉から始まってます。だから、もう本当に我々が歴史の教科書の中だけだと思っていた古典的な大規模国家間戦争が21世紀に、しかも一番安定していると思われていた、欧州で始まったことに私は驚きました。 

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