「切れ! 今すぐ! 写真も一切だめだ!」
「携帯電話持ってるよな? それで写真も撮るよな?」
2度うなずく。
「それ、GPSの位置情報が記録されるんじゃないか?」
「え?」
「切れ! 今すぐ! ここから先は外観、地形から場所が特定されそうな写真も一切だめだ!」
「……」
1度うなずいた。
無事チェックポイントを通過
ニッサンはハルキウ中心部から一路北上した。何度も足を運んだ被害が最もひどかったサルトゥフカ地区のあたりを過ぎると人も車の姿もぷっつり消えた。
黒焦げのガソリンスタンドや大破したロシア軍車両を過ぎた後にチェックポイント(検問所)がある。このルートも何度か挑戦した。今はサルトゥフカ地区より、さらにロシア国境に近いこのさきのツルクニ村や、かつてロシア軍が占拠していた村々のほうがロシア軍の攻撃目標になっており、連日激しい砲撃にさらされている。
そのため何度も、この検問所で門前払いをくらわされたこともあれば、途中ロシア軍の空襲を警戒し引き返すことを命令されたり、たった1度だけだが、現地のジャーナリストといっしょに国境近くのスラチネ村まで行けたぐらいである。それ以来ロシア軍の攻撃が激しくなり、特別な許可がない限り、このチェックポイントを我々は通過できないはずであった。
が、きょうはドローン部隊のエスコートがある。
かくして、しっかりパスポートまでチェックされたが、無事チェックポイントは通過できた。この先はチェックポイントはもはやないはず、あるのはロシア軍と向かい合う最前線だけである。
ニッサンはまたしても猛スピードで舗装道路を疾走した。そして国境近くのとある集落に入るや、舗装道路からはずれ、両脇をなんの特徴もない農家が立ち並ぶ農道を走り続け、とある民家の前の藪(やぶ)にすべりこんだ。スラバは我々を降ろしたあとはバラクーダ(迷彩網)でさらにニッサンを覆い隠したあと、その前の民家に案内した。
ほんまなんの特徴もない2階建ての民家である。何年も人が住んでいる気配がないように、雑草が生い茂っていた。東側のロシア国境と反対側の裏口が出入口であった。
「ようこそ!」スラバが両手を広げ歓迎のポーズをとってくれた。
中はまさに建築中の日本の普通の民家のサイズだった。1階は床もないが、2階には木製の簡易階段が続いていた。