「日銀」という文言はないはずだった
いくつか「やらねばならないこと」があった。ひとつは13年1月に決めた政府・日銀による「共同声明」を再確認するという作業だ。
アベノミクスの原点であるこの共同声明は、日本の金融政策史上画期的な意味をもっていた。それは日銀が物価目標(インフレターゲット)を公式に認めた初めての文書になったためだ。
黒田の再任にあたり、改めて2%を確認しておくことには意味があった。今後もアベノミクスの柱である「異次元金融緩和」を続けていくわけだから、市場には誤りのないメッセージを伝える必要もある。
この日、官邸で安倍が「2期目となりますが、共同声明にもとづきしっかりお願いします」というと、黒田もそれに応じ一つ目のミッションは終了した。
しかし、舞台裏では様々な動きが交錯した。
「内容を見直したらどうか」という声は安倍周辺のリフレ派からも聞こえてきていた。例えば安倍の側近だった本田はこう主張した。
「共同声明にはもっとはっきりと主語を書き込むべきだ」
13年1月にまとまった共同声明はこういう文章で始まっている。
「デフレからの早期脱却と物価安定の下での持続的な経済成長の実現に向け、以下のとおり、政府及び日本銀行の政策連携を強化し、一体となって取り組む」
確かに、この文章には主語がなかった。中央銀行により明確な責任を負わせるためにも、「日銀は」という主語を挿入するべきではないかと、本田は安倍に伝えていた。
「これ以上金融緩和をやっても改善の余地は少ない」
「日銀は雇用についても責任をもつべきであり、その趣旨の文章を共同声明に盛り込むべきだ」という意見も安倍周辺から出ていた。
しかし、このとき財務省は共同声明の見直しは逆効果であることを強く主張した。
「すでに雇用状況は大幅に改善している。これ以上金融緩和をやっても改善の余地は少ない」
見直しの機運はそれ以上盛り上がらなかった。ある官僚はこう思った。
「アベノミクスを始めたころの安倍さんなら財務省が何と言おうが共同声明の書き換えを主張していただろう。しかし、そうではなかった。金融政策に関心を失ってしまったことの証左ではないだろうか」