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2022/08/17

安倍の不満が日銀に伝わると…

 春の宵の首相官邸では、もう一つ重要なことが語られている。それは2%の達成時期の話だった。

 黒田は13年の就任時、2%の達成は2年でできると胸を張っていた。しかし、それから5年が経つのに、物価は一向に2%に届かずにいた。

 日銀はこの目標の達成時期を「展望レポート」という経済見通しの中で示していたが、延期が表明されるたびにメディアは大きく取り上げた。

 例えば17年7月に6度目の「先送り」を決めたときは「物価2%、19年度に先送り―延期6度目」(2017年7月20日時事通信社配信)との見出しが躍り、黒田日銀のリフレ的な政策、ひいてはアベノミクスへの批判の種になっていた。

 こんな状況に対して安倍が不満を持っていることが伝わってきた。

「見込み年度が延期されるたびに『外れた』とメディアに書かれている状況に対して、総理は何とかならないのかと言っておられます」

 一国の最高権力者が「何とかならないのか」と言えば、現状を変更しろと言っているに等しい。この情報は中央銀行の要路にもひそかに伝達された。「安倍さんがこの不満を9日にセットされた再任のセレモニーで総裁にぶつけるかもしれない」という追加情報とともに。

「政治家なんて勝手なもんだ」

 4月9日夕刻の会議では「展望レポートには目標達成時期の記述があるが、あれは必要なのか」という疑問が出席した政治家たちから相次ぎ、黒田は「海外中銀でもインフレ率の見通しは示していますが、目標達成時期については海外の状況等も研究してそれを踏まえながら検討したいと思います」と応じざるを得なかった。結局2%の目標期限は、4月末公表の「展望レポート」から姿を消した。

 ある日銀幹部はこう思った。

「政治家なんて勝手なもんだ。2年で2%と言って共同声明を主導したのは安倍さんだった。それが評判が悪いからと、手のひらを返したように今度は撤廃を迫ってくるなんて」

 共同声明の見直し。2%達成年次の表示撤廃。黒田2期目がスタートした時、すでに安倍は金融政策に強い関心を示さなくなっていた。少なくとも周囲はそう受け止めていた。

2013年から2018年まで日本銀行副総裁を務めた中曽宏氏

 安倍の言説には、リフレ派に乗り、「デフレは貨幣的現象なので日銀が対応するべきだ」と主張していたころの勢いが消えていた。その代り、金融緩和の副次的効果ともいえる円安、株高、そして雇用増などを自らの成果として強調することが多くなった。元首相はのちに「財政政策検討本部」でこう胸中を明かしている。

「安倍政権では比較的金融政策を大切にしてきたが、中盤くらいから自分も浜田先生も、財政政策も必要だと思うようになった」

 アドバイザーとして安倍に影響を与えた浜田は、世界的なゼロ金利化により金融緩和で円高が阻止できなくなり、16年くらいから金融緩和の効果が減じているとして、財政政策の重要性を強調するようになっていった。

 本田はマネーの量ではなく金利を誘導するYCCを導入した16年以降、経済回復にはより強力な推進力が必要になると思っていた。そして、それは財政しかないと安倍に話した。

 アベノミクスを失敗と言わせないためにも財政が必要だ――。安倍はそんな思いを深めていったようだ。

軽部謙介氏「どうなる? 日銀総裁人事」全文は、文藝春秋「2022年9月号」と「文藝春秋digital」に掲載しています。

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