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2022/08/18

荒木コーチが称賛した唯一のプレー

 一方、土田には光る美技もあった。7月29日、マツダスタジアムの広島戦。1回裏、先頭の野間峻祥が放ったショート後方のフライを後ろ向きでジャンプしながら捕った。

「反省会では『普通に捕れたよな』と言われました」と土田。私は耳を疑った。「ポジショニングです。僕は少し前に守っていました」と振り返る。野間は俊足の左打者。ショートは浅めに守って良いはずだ。

「カウントです。一軍クラスのバッターは若いカウントでは自分の狙った球だけを仕留めにくる。だから、ちょこんと当てた打球より、とらえた強い打球が来る可能性の方が高いと。2ストライク後なら前でいいけど、あれは初球でしたから、後ろにいれば、普通のショートフライだったということです」

 プロの考えは深い。ただ、次のプレーはさすがに称賛されるだろう。7月31日、マツダスタジアムの広島戦。2点リードの9回裏、2死二、三塁。土田は秋山翔吾が打った二遊間のゴロをスライディングキャッチ。一塁に送球したが、セーフ。三塁ランナー生還で1点差となったが、抜けていれば、同点だった。その後、チームは勝った。土田の守備が貢献したのだ。

「全然ファインプレーではないです。ミスです。しかも、2つあります。1つは自分で言って、もう1つは荒木さんから指摘されました」と明かした。私はまた耳を疑った。

「自分からはポジショニングを言いました。実はセカンドランナーとバッターのミートポイントが被る位置にいたんです。だから、打った瞬間が見えていなくて、スタートが遅れたんです」

 次に荒木コーチの助言だ。

「間に合わない一塁に投げるより、一発で三塁に投げた方がアウトになる確率が高かったと。あの場面、二塁ランナーは同点のランナーですから、三塁コーチはギリギリまで腕を回して、急にストップをかける。すると、必ずオーバーランは大きくなる。そこを狙えたら良かったと」

「『今日は完璧。何もない』と言われるのが目標」

 プロのレッスンは濃い。そんな荒木コーチから唯一褒められたプレーがあったと言う。

 7月19日、バンテリンドームナゴヤのDeNA戦。7回表、土田は蝦名達夫が放ったセンターへ抜けようかという鋭い打球を横っ飛びでキャッチ。すぐさま一塁へ送球し、アウトにした。

「荒木さんには『捕れないと思った。飛び込んでからもう1つ手が伸びたな。あれは練習してできるものではない』と言ってもらえました」

 プロの表現は独特だ。もう1つ手が伸びる感覚があるらしい。しかも、これは天性のもので、わずかな選手しか持っていない特殊能力だ。現役時代のセカンド荒木も一二塁間に飛び込み、全員がヒットと思った打球を何度もアウトにしてきた。ただ、土田は「荒木さんからは『30歳を過ぎると、手が伸びなくなるぞ』と言われています」と加えた。どうやら年を重ねてからの引き出しも荒木コーチには豊富にあるようだ。土田は言い切る。

「反省会で荒木さんに『今日は完璧。何もない』と言われるのが目標です」

 指揮官に舞台を与えられ、悔しさを味わい、コーチに極意を伝授され、練習に励む。若手が育つサイクルの中に今、土田がいる。

「毎日、必死です」と力を込める19歳。悔しさを晴らし、反省会が一瞬で終わったその日、きっとドラゴンズブルーの「空」に熱くて強い「龍」が登っているだろう。未来のために今がある。

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