昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

事務所からは一度断られ…

「SMAの担当者からは一度断られていました。でも僕は『きっと原田知世みたいな、清潔感があって息の長い女優になる』と推し続け(笑)、無事にSMAに所属が決まった。後に、かつて原田さんがヒロインを演じた『時をかける少女』のリメイク版(16年)で彼女が主演を務めた時は感動しました」(西原氏)

初主演映画「あしたになれば。」で女子高生役を務めた(15年公開)

母は「妹の方が芸能界には向いているんじゃないか」

 ただ、デビュー当初、母親は周囲にこんなことを漏らしていたという。

「なんで結菜がいいか分からないのよ(笑)」

 地元住民が証言する。

「もともと、お母さんが結菜にオーディションを勧めたのは『大人しいからアピール力をつけた方がいい』と考えていたから。結菜よりも明るくてニコニコしたタイプの妹の方が、芸能界には向いているんじゃないかと思っていたそうです」

 実際、まだ女優一本で生きていく覚悟は固まっていなかった。東京に引っ越すのではなく、12年4月に地元の県立高校に進学。所属したのは、特進クラスだ。

「『物理や数学が好き』と言っていました。テストで学年1位を取ったこともあります」(学校関係者)

「15歳の深津絵里さんを起用した時と同じ手応え」

 高2になると、地元の洋菓子店「Jimmy's」でアルバイトも開始。当時の店長が言う。

「結菜さんが働いていたのは高2から1年半ほど。面接では志望動機について『家に負担をかけたくないから』と言っていました。レジや商品の補充などが主な仕事でしたが、覚えが早くとても優秀でしたね。家族仲がとても良く、妹さんがバドミントンの大会で優勝した時には、結菜さんがお祝いのケーキを買って帰ったこともありました」

 だが、次第に仕事でも注目を集めるようになる。飛躍を遂げたのが、13年12月から放映されたNTTドコモのCM。若い男女の恋愛模様をセリフ無しで演じ、大きな話題を呼んだ。担当したCMディレクターの早川和良氏は、JR東海のCM「クリスマス・エクスプレス」も手掛けたベテラン。その早川氏が語る。

「演技の経験が浅いので心配していましたが、カメラが回るとスッと役に入っていた。この子はすごい女優になるなという予感がありました。憂いを帯びた表情とパッと明るい笑顔の落差が印象的で。JR東海のCMで、当時15歳の深津絵里さんを起用した時に感じた手応えと同じでした」