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なぜ人には物語が必要なのか

吉田 興味深いお話ですね。『平家物語』の脚本を書きながら、なぜ人には物語が必要なのかをずっと考えていました。「平家物語」は史実をもとにしていますが、わざわざ物語にして読んだり、聞いたりしたいのはなぜなのか。それは、物語は、ただ現実の出来事を教訓とするだけでなく、善も悪も、情けも冷酷さも、いろいろなものが描かれていて、その中から自分に必要なものを感じとるためではないか——そんなことを思っていたんです。

 物語には力があり、私は今回、その力を借りて新たな物語を表現しましたが、観た人に何かを感じてもらうために私達はこういう仕事をしている。自分の仕事の意味を『平家物語』を通して再確認しました。菊之助さんのお話を聞いて、昔の物語を今もみんなが観て、聞いて、読みたいのは、その物語の中に見つけたい何かがあるから。だから、そういう古典は生きながらえていくんだろうとあらためて思いました。

壇ノ浦の戦いで平家の敗北が垣間見えるなか、みなを勇気づけ闘う知盛。最後は碇を体に巻いて海中に沈む。(TVアニメ『平家物語』より)

菊之助 名作と言われる古典演目には残す意味というか、人間がそれを知ればお互いにいい世界を作れるという教訓のようなものがたくさん描かれています。それを大事にしつつも、自然にお客様に感じていただく舞台を務めることが役者としては大事だと思っています。たとえば『熊谷陣屋』は、合戦のさなか、忠義のために自分の息子を犠牲にして殺し、出家する熊谷次郎直実が主人公です。

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 当時の武士社会では、個よりも主家が優先されていました。現代とは異なる価値観を持つ人物をどう表現するか、歌舞伎役者の課題なのですが、様々な価値観を提示することで、人それぞれ感じ取っていただけるものがあると思います。登場人物はみな、立場は違っても、それぞれに戦の悲しみと無常を背負っています。この芝居から「反戦のメッセージを受け取る」という方もいらっしゃいます。いろいろな見方ができるのは古典演目の魅力だと思います。

(TVアニメ『平家物語』より)

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