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《死刑制度の矛盾》「20人以上殺った」女性看護師の“異例の死刑回避判決”はなぜ下されたか?「自分の名で死刑を言い渡したい裁判官はいない」

判例から死刑制度を考える #3

genre : ニュース, 社会

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 今井被告が否認に転じたため、判決では動機の認定は不完全なままだが、1人目の殺害については捜査段階の供述などから、「日々の業務から生じていた鬱憤を入居者の言動を契機に高じさせ」犯行に及んだとされている。

今井死刑囚 ©️文藝春秋

3人を殺害し責任能力がありながらも「異例の死刑回避」

 高裁判決では、今井被告の自閉症スペクトラム(ASD)の特性が動機形成を促進したという医師の鑑定を挙げ、「被告人に対する責任非難を過度に行うことはできない」としながらも、「責任能力を否定するまではいかない」とした。そのうえで、職員が介護付き老人ホームの入所者をベランダから投げ落とした残酷さなどを挙げて、「最大限慎重な検討を重ねた上、極刑をもって臨むことがやむをえない」とした1審判決を維持したのだ。

「殺人など強行犯の事件は、やっていないと無罪を主張するか、精神疾患を理由に減刑するかの2択になることが多い。今井被告はその両方でしたが、弁護側の主張は採用されなかった形です」(同上)

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 しかし、3人を殺害し責任能力を認められながらも、死刑判決とならなかった例もある。

 昨年11月9日、横浜地裁で無期懲役を言い渡された久保木愛弓被告(34・判決時)だ。久保木被告の判決については「異例の死刑回避」などと新聞各紙も報じた。

供述では「20人以上やった」が、立証できたのは殺人3件と殺人予備罪だけ

 久保木被告が起こした「大口病院点滴殺人事件」について振り返ると、2016年7月以降、横浜市神奈川区の旧大口病院の終末期フロアでは2カ月あまりの期間に48人もの患者が相次いで亡くなる異常事態となっていた。

 犯人として捜査線上に浮かんだのが元看護師の久保木被告だった。当初は否認していたが、後に患者の点滴に消毒液を混入して殺害したことを認めている。捜査段階では「20人以上にやった」とも話していたが、遺体は火葬されるなどして調べることができず、立件できたのは計3人に対する殺人と、別の患者の点滴袋に消毒液を混入させた殺人予備罪だけだった。

 法廷では消えそうなか細い声で証言した久保木被告。起訴事実をすべて認め「死んで償いたい」とも話した。一方で、3人への混入以前にも同じ事をしたかどうか検察側から尋ねられると「答えたくありません」と証言を拒否したこともあった。

 事実関係に争いはなく、争点となったのは久保木被告の責任能力だった。弁護側は「犯行時はうつ病で、統合失調症の前兆の可能性があり心神耗弱だった」と訴え無期懲役を求めた。

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