虚実の皮膜にこそ真実がある。『ミーシャと狼』(ネットフリックスで配信中)はまさにそのことを体現した“物語”である。

 ベルギーから米国へ移住したユダヤ人、ミーシャ・デフォンスカはある日、礼拝堂でそれまで胸に秘めてきた幼少期の壮絶な体験を語り出した。7歳の時、両親がナチスに連行され、そのまま生き別れた。

「両親の名字も知らない」

ADVERTISEMENT

 彼女は身の安全のため別な家庭に引き取られて新たな名前を与えられたが、両親はドイツにいると聞き、たった一人で両親を探す旅に出た。

「地図上ではベルギーは小さくてドイツは近いと思った」

 7歳の少女の無謀な冒険。東へ東へと歩き続けた彼女は森の奥へ分け入り、そこで美しい灰色の雌狼と出会う。やがて彼女は狼と暮らすようになり、狼は彼女にエサを分け与えて群れの一員として受け入れたという。驚くべき話だ。

「これは面白い本になる」

 地元の小さな出版社が目をつけ、ミーシャと狼の物語は書籍化された。だが、この話はここから妙な展開を見せる。

©佐々木健一

 1年後、ミーシャは版権と印税を巡って出版社を訴えた。裁判で陪審員はホロコーストの生存者である彼女の主張を全面的に支持し、出版社に2250万ドルという莫大な賠償金の支払いを命じた。

 出版社は倒産。事後処理の際、ふとミーシャの銀行口座の書類を見ると彼女の筆跡で母親の名字が明記されていた。

「何か変だ。明らかに怪しい」

 にわかに本作はミーシャの“作り話”を暴くサスペンスとなる。僅かな綻びを突き、緻密な調査で真相に迫る。

 なぜ彼女は偽りの物語を語ったのか。そこには戦争の悲劇が招いた、記憶ごと消し去りたい出来事があった。騒動後、ミーシャは声明を出した。

「この本は私自身の物語です。空想だとしても私の現実です」

 ちなみに、本作にはあるトリックが隠されている。そう、この作品自体が実は“虚実の皮膜”そのものだったのだ。