嫌いなものに関して、掘り下げて書く仕事をするのは難しい
昔のイギリスの芝居の前口上なんか読むと、「クリティックの方々はいろいろ申しますが、優しい心のお客様には拍手を頂きたく……」みたいな感じの話で始まっていたり、『批評家』という批評家を含めた演劇界を風刺した舞台もあるほど。
逆にいうと、演劇というお客さんの強い同調圧力がある鑑賞環境にも負けないで、引っかかったところを詰めていくのが劇評です。だって同じ場で同じ生の舞台を見て、周りの人が拍手している時に自分だけしないのは難しいし、脚本や演出に穴があっても役者さんが頑張っていたら甘くなりやすいものですから、相当鍛えられます。
ただ、私自身はファンと批評家をあまり分けて考えていなくて、ファンのなかでちょっと変わった人が批評の道にいくと思っています。時に鋭く批判するにせよ、そもそも嫌いなものに関して掘り下げて書く仕事をするのは難しい。批評家は広い意味でのファンダムに含まれるんじゃないでしょうか。
武田 批評が18世紀から嫌がられてきたというのは、大変励みになりました。
北村 今日はありがとうございました。
(丸善ジュンク堂書店池袋本店にて)
北村紗衣(きたむら・さえ)
1983年、北海道士別市生まれ。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得。2014年に武蔵大学専任講師、2017年より現職。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)、『批評の教室』(ちくま新書)など。
武田砂鉄 (たけだ・さてつ)
1982年、東京生まれ。出版社勤務を経て、2014年からフリーライターに。著書に『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015 年第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞、2019年に新潮社より文庫化)、『芸能人寛容論——テレビの中のわだかまり』(青弓社)、『日本の気配』(晶文社、2021年に筑摩書房より文庫化)、『わかりやすさの罪』(朝日新聞出版)、『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋)、『マチズモを削り取れ』(集英社)などがある。幅広いメディアで多数の連載を持ち執筆するほか、ラジオパーソナリティとしても活躍している。