副交感神経が乱れていたせいで、20歳くらいからは夜に眠れなくなってしまったんです。体があまり休まらないまま仕事を続けていました。
それに、生理痛が酷くなったりもしたんですよね。低用量ピルを勧められて飲んでみたんですけど、体に合わなかった。そのとき流行っていたプラセンタとかも打ったけど、全然症状が改善しませんでした。
「仕事がなくなったらどうしよう」という恐怖で休むことができず……
――病院には行かなかったのですか?
山田 いくつか行ってみたんですけど、どこに行ってもストレスと言われるだけでした。だからずっと、自分が何の病気なのかわからない状態でしたね。
――マネージャーに相談することは。
山田 例えば、マネージャーに「生理でお腹が痛い」と言っても、「つらいっすね」と言われて終わりなんですよ。だから解決策にはならない。当時のマネージャーが女性だったら、全然違ったと思うんですけどね。
――ご自身から「休みたい」と言うことはなかったのですか?
山田 休むという選択肢は、私の中にはなかったです。1日でも休んでしまうと、「休んだことで、仕事がなくなったらどうしよう」という怖さがあったから。そうやってギリギリまで頑張ってしまったから、体がダメになっていったんでしょうね。「これ以上やったら死ぬ」みたいな状態になって、最終的には倒れてしまった。
23歳のとき、舞台の最終日前日に倒れる
――病に倒れたのは、23歳のときでしたよね。
山田 そうです。腹痛があまりにも酷く、芸術座(現シアタークリエ)の2ヶ月のロング公演の最終日前日に倒れてしまって……翌日の朝は、点滴をぶら下げながら現場に入りました。
「すみません」と言って、一場(いちば)だけ他の人に代わってもらったんですけど、そのあとは薬で痛みを散らしながら、舞台をやり遂げました。舞台が終わった瞬間にメイクを取って、そのまま病院の手術台に直行しましたね。
――そのとき行った手術というのは。
山田 そのときは、盲腸を取る手術をしました。でも手術後に入院して検査をしても、あまり症状は改善しなかった。主治医の先生にも「このまま入院していても、特効薬があるわけでもない。入院費もかさむから、1回家に帰ったほうがいい」と言われてしまったんです。
私は「わかりました」と言うしかないから、そのまま退院しました。そして退院後もあまり休まずに、入院中に休んでいた分を取り返そうと仕事を再開させてしまうんですよね。
そのときは確か、大人気旅番組の北海道ロケに行って、お寿司やソフトクリームを食べてしまったんです。胃や腸の調子が悪いのに……。