いま北朝鮮で金正恩の実妹、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党宣伝煽動部副部長が存在感を強めている。
8月10日、全国非常防疫総括会議で新型コロナウィルスの流入源は韓国だと強く批判。8月19日付けの北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」では、韓国新政権の北朝鮮政策について「実現とは、かけ離れた愚かさの極致だ」と痛烈に批判した。
筆者の目の前にいるある男がこう明かす。
「『与正が男だったら、彼女が指導者になっただろう』。金正日が生前にそう漏らしていたようです」
この男の名は「金東水(キム・ドンス)」。政府高官の立場を捨てて母国を脱した「高位脱北者」だ。
高位脱北者が明かす“北の実態”
金東水氏は多くの政治エリートを輩出した平壌外国語大学卒業後、外務省に入省。スイス、ノルウェーの各大使館で外交官を務め、イタリア大使館で二等書記官として勤務していた1998年2月に「脱北」し、韓国にわたった。
権力の内側で多くの機密情報に接してきた高位脱北者の証言は、韓国や米国など「西側諸国」の対北政策に大きな影響を与えてきた。過去には、仮名や匿名でメディアに登場することもあったが、今回、金氏は実名、顔出しで筆者のインタビューに応じた。
北朝鮮が、国家ぐるみで日本人を含む他国民を拉致する犯罪行為に手を染め、核とミサイルによる恫喝外交で国際秩序を脅かしていることは世界中のメディアの報道で詳らかにされている。しかし、巷にあふれる情報はどこか無機質で、独裁国家を統べる為政者の素顔や息づかいまではうかがい知ることはできない。
金日成、金正日、金正恩。3代にわたって続く「ロイヤルファミリー」は、どのようにして強固な権力基盤を作っていったのか。恐怖支配の手段とした粛清の実態、権力移譲の裏側で起きていた数々の事件、絶対権力者に人生を翻弄される女たち――。
秘密のベールに包まれた独裁国家で起きた数々の物語を、その目で目撃してきた男の証言はあまりに衝撃的で、あまりに生々しい。
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2022年6月11日、ある女の名前が世界中のメディアを駆け巡った。
北の官製メディア「朝鮮中央通信」が、朝鮮労働党が同月8~10日に開催した、朝鮮労働党と政府の重要政策を決める「中央委員会総会拡大会議」で、崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官を外務大臣に昇格させる人事を決めたと伝えたのだ。
「彼女の人事を報道で目にした時、懐かしい気持ちとうんざりするような気持ちが同時にわき上がりました」
金氏は苦笑交じりにこう打ち明けた。