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「これからのタヌキの話をしよう」オックスフォード卒・動物ハカセの白熱“タヌキの生態”教室《学術書だけど溢れるタヌキ愛》

2022/09/03

genre : エンタメ, 読書

note

農作物の味が里タヌキの依存性を高めうる

 この地域でも1990年代には、タヌキによる農作物被害がわずかながら発生していた。里タヌキが、あるトウモロコシ畑に隣接する藪に一週間ほど滞在し続け、トウモロコシの芯が畑と藪に落ちていた。

 それを知らせに行ったとき、その畑の持ち主は、私にもトウモロコシを分けてくださり、「まぁ、タヌキも食っていかなきゃね」と寛大だったのを覚えている。カラス対策なのか、ネットは張ってあった。

 また、町内のブドウのビニルハウスでは、内側の支柱とビニルにタヌキとわかる泥足跡がつき(左右の足を突っ張って登ったらしい)、1房ほどやられていたが、暖房設備のほうにも魅力があったようで、その上に休んだ形跡があった。

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 今思えば、こうした被害は統計に表れないし、その時点でちゃんと防除できる術をもっと伝えられればよかった。楽して得られる食べものが、とくに育児期にあれば依存し、農作物の味、そして時期と場所を学んだ里タヌキは、世代にわたりますます依存性を高めうる。

©iStock.com

タヌキは小さな離れ小島や大都会でも生きていける

 ただし、ここの里タヌキたちは、田畑では農作物よりそこに生息する生物をおもに食していたと考えられる。一方、山タヌキの卜伝たちは、田畑における滞在時間が短く通過するだけか、そもそも行動圏内に田畑が少なかった。河川敷に行くまでの通路だったのかもしれない。彼らにとって丘陵地と河川敷があれば、食べるにはこと足りるのであろう。

 この調査地でのロードキル個体7頭分の胃内容物分析では、昆虫(直翅目と鞘翅目)およびミミズが多く、その他の動物食ではネズミ・ヘビ・カエル、コイなどの魚類およびカタツムリで、植物の種はブドウが1例、カキが2例、クワが2例出たのみであった。このカキとクワは食害とはいえないだろう。

 大陸から日本にやってきた彼らの祖先が、長い時をかけてその形態や生理や行動を少しずつ変えながら、日本の温暖な海洋性気候と風土に合わせてきた。さらに、タヌキは小さな離れ小島や大都会でも生きていける高い適応能力を種として持っている。しかし、私としては、日本の里山に適応した彼らの暮らしが、人間のお隣さんで生きている生活が、この先も永く続いてほしいと思う。

What is Tanuki?

佐伯 緑

東京大学出版会

2022年7月11日 発売

「これからのタヌキの話をしよう」オックスフォード卒・動物ハカセの白熱“タヌキの生態”教室《学術書だけど溢れるタヌキ愛》

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