上野・国立科学博物館で開催中の企画展「天皇陛下の御研究と皇居の生きものたち」。なかでも目を引くのが、天皇陛下が自ら取り組まれた皇居に生息する「タヌキ」のご研究だ。タヌキたちは、豊かな木の実や昆虫などを食べて、皇居の外にはほとんど出ずに生息していることが分かったのだという。倉持利明・同博物館動物研究部長に、話を聞いた。
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タヌキの「溜め糞」に興味を抱かれた
――今上陛下といえば、ハゼのご研究をなさってきたという印象が強いです。
倉持 そうですね。生物学の中でも、とりわけハゼ科魚類の分類学的研究にはお若いころから取り組まれ、30報以上もの学術論文を執筆されていますし、新種も発表されています。
――第5章では「天皇陛下ご自身が研究なさった皇居のタヌキ」が展示されています。
倉持 タヌキは都市化の進行にともなって、東京都心から一時期姿を消したと言われていたのですが、90年代後半から皇居でちらちら、目撃例が増えてきたそうなんですね。そのことに興味を抱かれた陛下は、タヌキの「溜め糞(ためふん)」を調べて、その食性を明らかにする研究に乗り出されました。
――タヌキの「溜め糞」というのは……。
倉持 タヌキは特定の場所で何度も繰り返し糞をする習性があり、その結果できる山は「溜め糞場」と呼ばれます。天皇陛下、宮内庁職員、科博の研究者などからなる研究グループは、2006年4月から2007年12月までに169検体の糞を採取、分析。さらに、陛下は2009年1月から2013年12月までの5年間という長期にわたる果実採食の変動を研究され、成果は2報の論文にまとめ上げられました。
――そのうちの1つである英文論文(「皇居におけるタヌキの果実採食の長期変動」)によれば、〈2009年1月~2013年12月までの間、私たちはタヌキのもっとも新鮮な糞を毎週日曜日午後2時に採取した〉とあります。
倉持 5年という長期間にわたり、採取も陛下ご自身でなさっていたと伺っています。採取した糞からは大小の種子がたくさん出てきて、陛下ご自身で丁寧に整理されました。何の植物の種子か、ご自身でお分かりになるものもたくさんあったそうです。判断に迷われた場合は、研究者にお尋ねになったと聞いています。陛下は普段から皇居内を散策されているので、植物には大変お詳しいのです。
その論文の成果とラジオテレメトリー(動物に発信機を装着して位置情報を入手し、その生態を調査する方法)を用いた調査によって、皇居のタヌキは皇居内の動植物を食べていること、行動範囲はおおむね皇居内に限られていることが分かったのです。つまり、皇居の動植物相というものがとても豊かで、タヌキにとって良好な環境だったということです。