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相棒と再会し、もう1年だけ夢を追いかけることに

 松本の才能をよく知る相棒との再会もあった。智弁学園で女房役だった1学年先輩の岡澤智基捕手がHonda鈴鹿に入社したのだ。「智基さんとなら野球への気持ちを変えられるかもしれない」。バッテリーの再結成を思うと心が躍り、もう1年だけ夢を追いかけてみようと思えた。

 グラウンドを離れても2人は常に一緒だった。「不安があれば、全部俺に話してこい」。相談相手が、身近にもう1人増えたのだ。ともに悩み、一緒になって課題に取り組んでいくうちに、野球の楽しさを思い出していった。すると、結果も伴うようになった。

「智基さんは私生活も何から何まで付きっきりでいてくれた。自分の顔色も見ながら、息抜きができているかまで考えてくれた。捕手として先輩として、面倒を見てくれたことが心の支えになりました」

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 社会人4年目もドラフト直前の評価は上々だった。しかし、1年前の指名漏れを思えば、素直に信じることもできなかった。「去年と一緒やろうな」。ドラフト会議当日は、テレビ中継などの情報を見ないつもりでいた。

「自分のスタイルを貫くんやで」

 運命の日を迎えると、女房役の岡澤ら同僚が松本の部屋をノックした。「一緒に見るぞ!」。岡澤は、ドラフト速報を見逃さないようにとスマホにかじりついていた。球を1年間受け続けた相方は、プロでも通用する直球だと確信していたのだ。そして、そのときはやって来た。広島からのドラフト5位指名に真っ先に気付いたのは岡澤だった。そして、2人は抱き合って涙を流した。

 涙も乾かぬうちに、もう1人の恩人に連絡を入れた。電話の向こう側では、井戸氏も自分のことのように喜んでいた。

 井戸氏は、元プロ野球選手としてプロ入り前に伝えたいことがあった。「自分のスタイルを貫くんやで」。一度は諦めた夢をかなえられたのは、捕手のミットまで一直線に伸びていくような直球を投げられたから。松本は、その球を信じ続けると誓ってプロの世界に飛び込んだ。

 いまも教えを忠実に守り、直球を前面に押し出すことで1軍に食らいついている。「僕には、ずっとそばで支えてくれていた人がたくさんいる。そういう人たちへの感謝の気持ちを結果で示したい」。プロ野球選手になりたい――。そんな夢物語を信じてくれる人がそばにいるかどうかで、その人の人生は大きく変わる。

 河合洋介(スポーツニッポン)

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