杏「(父を見て)遅いってことはないなと」
「(渡辺謙が)40越えても、ハリウッドとか新しい世界に行ったりミュージカルやったりしてたからさ、遅いってことはないなと、見てたから思う」と杏は語る。
9月4日、同じチャンネルで渡辺謙と杏がギターの弾き語りで荒井由実の「卒業写真」をデュエットしている。「あなたも1個ステージを卒業して旅立っていくんだなという惜別の思いをこめて歌ってみようかと思った」と語る渡辺謙のリクエストによるもので、おそらくは先日の動画と同日に撮影されていたものなのだろう。
歌手としてのキャリアもある杏のみごとなボーカルにくらべて、渡辺謙の歌はいささかほほえましい、お父さんのカラオケといった雰囲気もある。しかし、まったく趣の違う2人の声が響き合う空間は心地よいものだった。
「行ってらっしゃい」と渡辺謙が曲の最後に言葉をかけると、杏は「遠くで叱ってもいい?」とからかうように笑った。「人混みに流されて変わってゆく私をあなたは時々遠くで叱って」という有名な歌詞は、本来は父が娘に贈るような歌ではない。しかしそれは、10代のころから娘を近くで支えることができなかった父親から贈られた、強くタフな娘への賛歌のようにも見えた。
杏はYouTubeチャンネルにいくつかの弾き語り動画をあげているが、実は自分のYouTubeチャンネルを開設する前、所属事務所の公式動画として『教訓1』という有名な反戦歌をカバーして話題になったことがある。表現者としての強いメッセージは静かに、杏の中に育っている。
国連WFP親善大使に杏が就任する、と報じられたのは今年の7月のことだ。杏はその会見で、国連WFP事務局長と流暢な英語で会話を交わしている。高校を中退した彼女が独学で身につけてきたいくつものスキルのほんのひとつだ。
人混みに流されて変わっていくのはたぶん、フランスに旅立つ杏ではなく、日本でそれを見送る我々の方かもしれない。そして活動の場を海の外にまで広げていく彼女の姿は、作品を通じて日本の観客たちを、時には叱るように勇気づけることになるだろう。