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 杏が黒岩の著書に新聞のエッセイでふれたことをきっかけに、2人は手書きの手紙を交換する交友を続け、やがて一度も顔を合わせることがないまま、ステージ4の癌で黒岩は入院し、生涯を閉じることになる。入院した黒岩に歌のデモテープを送ったこと、ミュージカル『ファントム』の公演中、楽屋で読んだ新聞記事で彼女の訃報を知ったことを綴る杏の文章は静かだが、多くの本を読んできた読者としての作家に対する愛と敬意にあふれている。

 家族と仕事の荒波に翻弄される人生を送ってきた杏という俳優がこれほど多くの本を読み、本を愛してきたことは、きっと彼女の表現者としての活動にも深く反映されているのだろう。

 放送中の月9ドラマ『競争の番人』もまた、新川帆立の小説を原作として作られたドラマだ。かつては恋愛ドラマの代名詞だった月9の枠で、警察でも医療でもなく公正取引委員会という題材が取り上げられることは珍しい。だがきっと、杏はこの原作小説を読んで出演を決めたのだろう。

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 2019年、公正取引委員会が独立したタレントの処遇をめぐって大手芸能事務所を注意したことを日本中のニュース番組が大きく報道した。それは単に特定の芸能事務所だけの問題ではなく、日本のメディア全体に投げかけられた「公正さ」への問いかけだ。出演に値する作品にしか出ない。今の杏はそうした姿勢にも見える。

©文藝春秋

フランス移住の発表に対する、父の反応

 渡辺謙との動画の中で、杏はフランスへの移住を発表した。あるいは日本から離れる発表をするにあたって、父親と共演をしておくという意味もあったのかもしれない。

 杏の人生から、危機が完全に去ったとは言い難い。東出昌大との離婚が成立した杏は、3人の子供をシングルマザーとして育てていく状況にある。コロナ禍以降のヨーロッパではアジア系市民にしばしば険しい敵意の目が向けられる、と報道される。移民排斥派のマリーヌ・ルペン大統領誕生をかろうじて決選投票で防いだ、そのフランスに杏は子供たちを連れ移住することを決めた。

「健康とか事故とかにあわないようにだけ気をつけてくれれば、どこにいてもたぶんこの人は大丈夫でしょう」

 動画の最後でそう語る渡辺謙は、多くのことを独力で成し遂げてきた娘の強靭さを信頼し、畏怖しているようにも見える。1日1回は安否確認のLINEをくれ、とねだる渡辺謙に「多いよ」と渋い顔をする一方で「一応心配してるんだってビックリした」とチクリと刺すように応える杏は、思春期に別れ、遠くから見てきた父親を許し、再び親子にもどろうとしているかのようだ。