〈ジャリッ〉と大きな音を立ててしまい…
次第に暗闇に慣れ夜目がきいてきた。女であった。白装束の女が腕を振り上げ、木に何かを打ち付けているのだ。
〈丑の刻参り〉である。そうとわかれば怖くない。山口さんは幽霊が怖いのであって人であれば大丈夫なのだという。
初めて目撃した〈丑の刻参り〉に、俄然興味がわいてきた。どんな女が呪いをかけているのであろうか――。
山口さんは女性に気づかれないように持ってきたライトを消し、そっと近づいていった。
と、そのとき誤って〈ジャリッ〉と大きな音を立ててしまった。
うかつであった。表門から拝殿までまっすぐに玉砂利が引いてあるのを忘れ、踏んでしまったのだ。
〈まずい!〉と思った瞬間、女がふりむいた。
おかっぱ頭に鉄輪をつけ蝋燭を2本立てている。
生ぬるい風にゆれる蝋燭の炎が、チロチロと彼女の顔を照らしていた。
陰影のついたその表情は、にっこりと口角を上げ菩薩のような優し気な笑みをたたえていたという。
彼は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。すると女はおもむろに後ろを向くと、地面に置いてあった何かを拾った。
もう一度、女が山口さんを振り返ったとき、その右手にはマサカリが握られていた。そして腕を振り上げると、まっすぐ彼に向ってきたのだ。
山口さんはあまりの怖さに、その場から急いで引き返した。
一心不乱に社務所に向かい全力で走っていたが、女の足は生きている人間とは思えないほど異常に速い。
下手をすると追いつかれる――。
すんでのところで社務所に飛び込んだ彼は、扉を閉め鍵をかけた。その直後、マサカリが〈ガンッ〉と扉を突き破ってきたのだ。
ガンガンガンッと女は扉を破壊し、侵入しようとしていた。マサカリが扉に刺さるたび、尋常ではない力でそれを引き抜き、凄まじい速さで扉を壊していく。
このままだと殺されてしまう――。この騒ぎを聞きつけ起きてきたB先輩と、急いで長机や椅子で扉の前をふさぎ、バリケードを作っていった。
その途中、破れた扉の隙間から女が顔を出した。興奮で顔が上気している。目を見開き〈ギャッギャ〉と笑いながら、山口さんたちを楽しそうに見ていたという。
女の怪力により、バリケードも押され崩れてきた。
山口さんが恐怖のあまり狼狽えていると、B先輩が奥から刺又を二本持ってきた。
「おい、あの女を捕まえるぞ!」と、そのうちの一本を山口さんに渡してきたのだった。