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 また、『オナニスム』(1758年出版、サミュエル・オーギュスト・ティソ著)という書物でも、オナニーはさまざまな疾患の原因になる悪習として結論づけられています。著者のティソはスイスの医師でしたが、こちらも先の書籍と同じく、科学的根拠はまったくありませんでした。しかし、そのセンセーショナルな内容が興味を引き、世界的なベストセラーになりました。そして、ティソが主張する通り、多くの医師が「オナニーは重い身体病の原因になる」と信じるようになっていったのです。

 19世紀に入ると、さらにオナニーは社会問題として扱われるようになり、医師たちは禁止することに努めました。英仏米の医師の間では、「身体病と同様に、精神病の原因になる」とされて、特に精神疾患との関連について強く警告がされていました。当時の医師たちは「masturbatory insanity(オナニーによる狂気)」という概念を用いて、脳や神経組織に悪影響を与えるという考えを広めていきました。

 こうして強固となった「オナニー有害論」は、20世紀半ばまで医学的常識として広く信じられるようになり、そのまま明治期の日本の性教育にも影響を与えることになったのです。

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明治期の日本における性統制

 明治時代の内閣は、世界に立ち遅れた日本の急速な近代化を推し進めるため、殖産興業と富国強兵による資本主義育成の政策に傾倒していきました。そして、それに伴って西洋社会と同じく、国家による性統制も推し進めたのです。春画や猥雑図書の出版・販売を禁じ、それまで庶民の間で当たり前だった、銭湯などでの混浴文化も禁止されました。

 その後、1875年にアメリカのゼームス・アストンが記した性科学書『造化機論』の翻訳本が出版されると、春画に代わる知識層向けの読み物として、ベストセラーとなりました。「造化機」とは、生殖器を意味する言葉です。この本の影響で、「陰茎」「陰唇」「会陰」「卵巣」など、現代でもよく用いられている、解剖学的な知識に基づく性のジャンルの新しい訳語が生まれました。

 この頃になると、妊娠、出産のメカニズムや避妊、産み分け法などについても紹介されると同時に、長らくネガティブな扱いだった女性の性欲も、肯定的な扱いに変わっていきました。「性愛の一致に基づく結婚」という現代の性道徳が同時に広がったのもこの頃です。

 ところが、その一方で、西洋由来の「オナニーは有害」という認識が、教育界や医学界に浸透し、広がっていきました。