泌尿器科医で、性の健康について詳しい今井伸氏によると、近年、腟外射精障害に悩む男性が増加しているという。その一因として同氏が指摘するのが、オナニーの正しい方法について学ぶ機会が不十分で、間違ったオナニーが習慣になっているというパターンだ。
しかし、正しいオナニーの仕方を教育することに、ある種の後ろめたさを感じる人も少なくないだろう。保護者はいったい、いつ、どのように性教育を始めれば良いのか。今井伸氏の著書『射精道』(光文社新書)より一部を抜粋し、性教育の歴史とともに紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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有害論に対して「オナニー無害論」が誕生した大正期
大正時代に入ると、オナニーに対するネガティブな認識はさらに加速しました。当時は「通俗性欲学」という考えが流行し、その大家であった性科学者の羽太鋭治(はぶとえいじ)と澤田順次郎の共著『変態性欲論』(1915年発行)では、オナニーの害として、早漏やEDなどの生殖機能障害だけでなく、精神病、脳病、視力障害や聴力障害なども挙げています。この考えは、学校や教育家を通して教育現場にさらに広まっていきました。
オナニーだけでなく買春も禁じられていたために、若い男性たちは性欲の発散法をすべて奪われる形になり、苦しい状況に追い込まれていきました。
ところが、1920年になると、山本宣治(やまもとせんじ/生物学者)、小倉清三郎(おぐらせいざぶろう/性科学者)、北野博美(きたのひろみ/性風俗研究家)、丸井清泰(まるいきよやす/精神科医)らが、「マスターベーション無害説」を主張しました。僕が尊敬してやまない山本宣治氏は、同志社大学の講師時代に執筆した『人生生物学小引』(1921年発行)に、「自慰(オナニー)大害無し」と記しました。さらに、正当性を検証するために、1924年、性実態調査を行い、20歳男性の93%がオナニーを経験していることを報告。その後に執筆した多数の論文でも、「オナニーは無害」と主張し続けました。
自他共に認めるオナニー推奨派の僕と、この山本宣治氏の違いを挙げるとしたら、山本氏は「オナニーは無害」だけれども「オナニー推奨」はしていないという点です。同じように、北野博美氏も「過度のオナニーは有害」と著作に記しています。丸井清泰医師も同じく、害はないが「(オナニーは)決して賞(ほ)むべきことではなく、推奨すべきことでは無論ない」と著作に記しています。