文春オンライン

2022/10/02

 僕自身、「部屋長」から言われたことがある。「釣り」というのは少刑内ではやっていたイジメで、つまりは「中でじっとしている」ことだ。この場合、「一晩中トイレに籠ってろ」ということを意味した。

 僕が特に何をしたわけでもない。ただの部屋長の気分だ。もしかしたら何か気に入らないことがあって、それで命じられたのかもしれないが、理由が教えられることはない。

 なんとなく気に食わない奴だな、と思われれば、因縁はなんとでもつけられる。休みの日は室内で新聞も読むことができるが、ページをめくったら「寒いよ、この野郎」なんて言われたりする。

 雑居房は、せいぜい一人分1畳のスペースがあるかないかの狭さに、多い時には10人以上も詰め込まれるので、誰だってストレスが溜まるのだ。イライラの吐け口に、誰かをイジメてやろうということになる。

 雑居房のトイレは、遮蔽扉の上半分は透明で、立っていると外からも見える。刑務官は15分から30分間隔で見回りに来るのだが、廊下からもトイレに立っている者がいるかどうかは見えてしまう。

 さすがに15分も立ちションする奴はいないから、ずっと立っていたら「おい、どうかしたのか」と刑務官も異常に気づくだろう。だが、しゃがんでいたら外からは見えない。そこで、イジメが進行中なんてバレないように、ずっとしゃがんでろというわけだ。

 和式トイレなんて、30分もしゃがんでいるだけで足がシビレて立てなくなるのに、一晩中なのだからこれはたまらない。僕はしゃがんだまま、片脚ずつなんとか交互に伸ばして、朝まで乗り切った。めちゃめちゃキツかった。

歯を抜くか、親の悪口を書くか

「歯抜き」をやらされた奴もいた。

 ゲームのようなものだが、限りなくイジメに近い。

「お前、これとこれ、どっちがいい」

 ©文藝春秋

 選択肢は、歯を抜くか、親の悪口を延々と便箋に書かされるか、というような「地獄の選択」だ。

 刑務所内には一応、医務室のようなところもあって、具合が悪いと診てはもらえるが、むちゃくちゃいい加減だ。「歯が痛い」と言っても、ちゃんとした歯医者さんではないので、ちょっと削って何かかぶせるか、もう抜いてしまうかの両極端。だから「痛い痛い」と言い続けていれば、健康な歯だって抜かれてしまう。その実態を、受刑者ならよく知っている。