文春オンライン

「国葬は、現在の多様性を重んじる社会には必要ないのではないか」

宮間 島田一郎による大久保の暗殺は、政権を倒そうとして行われた明らかなテロです。一方、山上事件の場合はまだ全容は明らかになっていないものの、旧統一教会を巡る“私怨”に近い殺人事件と言われています。政治体制を壊すことや、いまの政権を打倒する目的であったわけではないとすれば、そこはまったく違うと思います。ただ、大久保の時の伊藤博文、今回の岸田総理など、残された権力者が主導して実施を決定した点は共通しています。

――安倍元首相の国葬は死亡から2カ月以上たって行われますが、それについてはどう思われますか?

10日午前9時、奈良西署から奈良地検に送検される山上徹也容疑者 ©文藝春秋

宮間 大久保の3日後は確かに相当急いだ印象がありますが、その後の国葬もほとんどは数日から10日程度で行われていて、戦後唯一の国葬である吉田茂元首相も11日後です。安倍さんの国葬が完全に例外なのです。

――歴史学者として、安倍氏の国葬をどう見られているのでしょう。

宮間 大久保のケースを含めて、国葬というのはどこまで行っても「時の政権の思惑で人間の死を政治的に利用するもの」でしかありません。近親者での葬儀は弔いの場ですが、国が個人を弔い、褒め称える国葬という国家儀式は、政治的意図を伴って行われます。国民に1つの価値観を強いる国葬は、現在の多様性を重んじる社会には必要ないのではないかと私は思っています。

その他の写真はこちらよりご覧ください。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー

関連記事