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「霊安室で握った妹の手の温かさが妙に気持ち悪くて…」養父と実の母から壮絶な虐待を受けて4歳の妹を失った男性が語る、今も忘れられない“感覚”とは

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 刻み込まれた辛い記憶と折り合いをつけるきっかけになったのは、偶然立ち読みした心理学の本だった。これをきっかけに「自分の心を深く知りたい」と思うようになったと亮太さんは振り返る。

「図書館に2年近く通いつめて、心理学系の本を読み漁りました。20から30冊くらい読んで、その中から自分に合いそうな方法を色々試しました。そして20歳の頃に、ロールレタリングという手法に出会いました」

 ロールレタリングとは、誰か受取人を想定して手紙を書き、その返事も相手になり切って書くことで自分の思考や感情を整理するという筆記療法の1つ。刑務所などでも、犯罪者が被害者との往復書簡を作成するなどの形で更生プログラムに使われることもある方法だ。

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「これが本当につらくて、3カ月くらい家に引きこもっていました。自分の負の感情を紙にぶつけるのですが、涙がとめどなくあふれてきて、とても人に会う気分にはなれませんでした。大学ノートに書き連ねていたんですが、感情が押さえきれなくて途中で破り捨ててしまうこともよくありました。

 義父に宛てたノートは、3カ月で100冊を超えていたと思います。『人の命は飴玉以下か!』『お前が死ねばよかったんだ!』と罵詈雑言も全部書き連ねていきました。それでも3カ月続けたくらいで、徐々に事件に対する感情に折り合いをつけることができはじめてきたんです。今でも嫌なことがあると、ノートを取り出して手紙を書くようにしています」

「子どもに暴力をふるうなんて、どうしてできるんでしょうね……」

 何年も時間をかけて事件のショックから立ち直り、今はフラッシュバックに悩まされることもほとんど無いという亮太さん。しかし義父が逮捕され、母親も無気力状態になった家庭では、9歳の目からはあらゆる選択肢は閉ざされて見えたという。

「虐待が無かったら、事件が起きていなかったら、自分は違う人生を歩んでいたんじゃないかと思うことはあります。家計が苦しくて大学にも行けませんでしたが、人に何かを教えることが好きなので、もしかしたら教員になっていたかもしれない、とかですね。虐待をしていた母親は今でも許せていません。今でもたまに会うと、母は百合のことなど忘れたかのように生きています。妹たちも大きくなりましたし、今からでもしっかり償いをしてほしい。義父は逮捕されてから一度もあっていません。もう完全に他人ですし、当然ですが、会いたいと思ったことすらありません」

現在は2人の娘の父となった亮太さん

 こう語る時、亮太さんの口調はにわかに強くなった。取材班は亮太さんの母親にも話を聞こうと声をかけたが、「無理です……」とだけ言うと足早に去っていった。

 それでも、亮太さんはいつまでも過去に縛られてばかりではない。しっかりと前を向いて歩みを進めている。亮太さんは21歳で出会った女性と約1年半の交際の末に結婚。今は2人の娘を持つ父親として音楽関係の仕事をしながら慎ましく暮らしているという。

「人生をやりなおしたいという気持ちはありません。ただ、今でも幸せだなと感じると、ふと百合のことを思い出してしまう瞬間があるんです。おいしいものを食べて『妹は食べられないんだな』、結婚式の時は『百合も自分と同じように早く結婚していたのかな』と。娘が生まれてからは、百合と重なってしまうこともあります。娘は今3歳で、だんだん百合が死んだ年齢に近づいています。『パパ―』と駆け寄ってくる娘を見ると『絶対に傷ついてほしくない』と思います。こんなかわいい子どもに暴力をふるうなんて、どうしてできるんでしょうね……」

 自分の娘と亡くなった妹の話に差し掛かった時、それまで淡々と語っていた亮太さんは急に声を曇らせた。目からは1粒、2粒と涙がこぼれ落ち、マスクを外して手でぬぐっている。

 一見すると、亮太さんは明るい性格で幸福な家庭人にしか見えない。しかし、大切な妹を亡くした事件の爪痕は、未だに彼の心の奥底に眠って消えてはいない。

「霊安室で握った妹の手の温かさが妙に気持ち悪くて…」養父と実の母から壮絶な虐待を受けて4歳の妹を失った男性が語る、今も忘れられない“感覚”とは

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