文春オンライン

2022/10/04

「東スポ」を読んで、思わず涙

 では、最後に大事な新聞の紙面を紹介しよう。東スポである。一般紙やスポーツ紙が猪木やプロレスを冷たく扱う中でも東スポは常に猪木の味方だった。猪木を連日報じていた。プロレスの歴史と共に歩んできた東スポ。

 訃報が流れた日、夕刊紙である東スポはギリギリに間に合ったのだろう、一面のみで報じていた。その見出しは、

『猪木 死す』(10月2日)。

 そして、この見出しも。

『プロレスのために世間の目と闘い続けた62年』

「東京スポーツ」の紙面

 紙面いっぱいに載せた猪木の顔写真は、「怒り」をエネルギーに替えて闘っていた全盛時(1977年)のアントニオ猪木だった。デビューから数えて62年。東スポは今でも猪木を現役のプロレスラーとして表現していたのだ。

 ありがとう東スポ、でもあんまり泣かせないでよ……。

 東スポの猪木がやっぱり一番カッコよかったのである。

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