文春オンライン

2022/10/08

半世紀前から女王が決めていた「ロンドン橋作戦」

 国葬は、まさにイギリス王室の伝統と威信を見せつけるものでした。しかも、その内容は半世紀も前から女王自らが決めてきました。

 ウェストミンスターホールで4日間の正装安置がなされたあと、ウェストミンスター寺院で葬儀を行い、葬列を組んでロンドン市内を巡る。ザ・マルと呼ばれる大通りを経て、棺を霊柩車に移し、昨年亡くなったフィリップ殿下の眠るウィンザー城へ。そこで埋葬式を執り行う――。

 “London Bridge is Down”

 女王が亡くなれば、王室から首相や関連部署へこのような暗号が送られ、一連の“作戦”が幕を開けることになっていました。かの有名な「ロンドン橋作戦」です。

 1952年に即位して間もなく、女王は自身が亡くなった後の国葬について継続的に話し合ってきました。内容や段取りは世相などを反映しながら何度も改定され、そのすべてに女王自ら目を通します。君主という立場上、いつ何が起きるかわからないからこそ、常に万全の用意が整えられてきたのです。

ロイヤルファミリーと ©共同通信社

 ここで注目すべきは、葬儀が行われた場所です。

 女王の祖父であるジョージ5世や、父のジョージ6世の国葬は、公務を行うバッキンガム宮殿から西へ35キロ離れたウィンザー城で行われました。イギリス君主の公邸であり、イングランド国教会の礼拝堂がある古城です。

 しかし、女王の国葬が営まれたのは、ロンドンの中心に位置するウェストミンスター寺院です。ビッグ・ベンや国会議事堂の近くにあり、日頃から人々が集まりやすい場所。より多くの国民に別れを告げたいという女王の気持ちの表れでしょう。それに、ウィンザーは小さな町で多くの人を受け入れるキャパもない。利便性の側面からも、21世紀らしい判断だったと思います。

車で運ばれるエリザベス女王の棺 ©時事通信社

 棺が外側から見えるように、天井も側面もガラス張りとなった霊柩車も注目が集まりました。これも女王のアイデアと言われています。窓が大きく開くようにして、より多くの人々へ最後の挨拶をしたい、と。