史上最長である70年の在位期間を誇り、96歳で亡くなったエリザベス女王。ロンドンで行われた国葬の中継解説を担当した関東学院大学教授の君塚直隆氏が、現地からリポートをお届けします。月刊「文藝春秋」2022年11月号より一部を転載。

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23ヘクタールの公園が弔問者でごったがえした

 9月19日、午前11時。

 96回めの鐘が鳴りやむと、赤、青、黄の王室旗に覆われた棺がウェストミンスター寺院に運び込まれました。

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 9月8日に96歳で亡くなったエリザベス女王は、25歳で即位してから実に70年もの間、イギリスの君主のみならず、15ヶ国からなる英連邦王国の元首、そして56ヶ国の加盟するコモンウェルスの首長として人生を捧げてきました。

エリザベス女王 ©共同通信社

 国葬の前々日、私はNHKで中継される国葬の解説をするため、ロンドンに来ていました。18日の朝、中継用に即席スタジオが組まれたホテルを出てみると、日本より少し涼しいくらい。雨続きのこの時期のロンドンにしては珍しく天気がよく、歩いていると少し汗ばむほどでした。

 テムズ川を渡ると見えてくるのは、柵で周囲を完全に囲われたウェストミンスターホール。女王の正装安置がなされたホールには、棺を一目拝もうとリバプールやブリストルなど英国全土から訪れた人々が最長16キロにも及ぶ列を作りました。その周りを仮設トイレや屋台が囲みます。

 葬儀を翌日に控え街の至るところが封鎖されているのを横目に、道を縫いつつバッキンガム宮殿を目指すものの、宮殿手前のセントジェームズ・パークを抜けようとしても、人が多くて思うように進めない。23ヘクタールもの広大な公園が、花を手にした大勢の人々でごったがえしているのです。

 市内の主要なパークには花を供えられる場が設けられていたようで、警官の姿もあちこちに見られます。これまで数えきれないくらいイギリスを訪れていますが、パークを抜けられないほど人がひしめいているのを見たのは初めてでした。

 もちろん、バッキンガム宮殿の前も献花に訪れた人が溢れていて近づけない。家族連れで足を運び、小さな子どもに花を供えさせている人々も多く見られました。

 在位70年ともなれば、国民の8割はエリザベス女王の治世しか知りません。生まれた時から女王が君主で、彼女の肖像がついたコインや紙幣、切手で買い物をしたり手紙を書いたりしてきました。

 彼女と生活をともにしてきた国民にとって、この葬儀は自身の人生を振り返るという点でも大きな意味を持つイベントだったことでしょう。

君塚直隆教授 ©文藝春秋

 悲しみは国を越え、ヨーロッパ王室にも広がりました。女王の両親の時代から、英国王室は欧州で最も存在感がありました。

 1940年、ヨーロッパの多数の国がナチスドイツの急襲に遭い、王侯たちはロンドンへ亡命。BBCのラジオを通じてドイツへの徹底抗戦を故国へ呼びかけたこともあり、彼らは終戦とともに無事、帰国することができたのです。「こんにちの自分があるのは、英国王室がわれわれの祖父母や父母を助けてくれたからだ」と、ヨーロッパ諸国はいまでも深い恩義を感じています。

 もちろん、エリザベス女王自身も戦後のヨーロッパ外交を背負って立ちました。ブレグジットの際には、最も交渉が難航したスペイン国王を国賓に招き大歓待するなど、両国の緊密な理解と関係の強化を目指し、王室外交においてたゆまぬ努力を続けてきた。

 ヨーロッパ王侯はみな感謝の気持ちを携え、まるで“最愛のお姉さん・伯母さん”のお葬式に参列するような気持ちで駆けつけたのだと思います。