文春オンライン

2022/10/07

 メインイベントが始まっても、会場のボルテージが高まることはなかった。プロレスになじみがなかった北朝鮮市民にとっては戸惑いのほうが強かったのかもしれない。リング上の熱戦に北朝鮮市民の心が揺さぶられる様子はなかったが、会場にいた李さんは、その現場で独裁国家の本質を目の当たりにしたという。

プロレス会場で目にした「独裁国家の本質」

「1日目の興行は日本から来た観光客や、在日朝鮮人の観光客ばかりが盛り上がるだけでしたが、異変があったのは2日目です。国家の威信をかけた興行で、競技場全体が静まりかえったままでいるのはまずいと北朝鮮側が判断したのでしょうか。2日目の競技時には、猪木さんの延髄斬りや4の字固めが決まった瞬間、客席付近にいた係員がハンドマイクでかけ声をかけ始めたのです。

『拍手をしろ!』と大声で呼びかけると、その直後にいきなり会場内には『うおーッ!』と会場を揺らすほどの大歓声が響き渡りました。さらに、地響きのような万雷の拍手が続きました。まさに一糸乱れぬ動きでした。

©時事通信社

 プロレス観戦が終わった後は、会場近くのレストランで一杯飲んでお開きになりました。当時は日本のビールに輸入関税がかけられていなかったので、アサヒスーパードライが1本100円で売られていました。ジュースより安価なスーパードライをガブガブ飲んでしたたかに酔っ払った記憶があります(笑)」(同前)

悪化の一途をたどる「近くて遠い国」

 猪木氏が興行を終えた直後の1997年には、拉致問題が国会で本格追及され、2002年、04年と2度にわたった日朝首脳会談での日本人拉致被害者の帰還を経て、日朝関係は悪化の一途をたどっていく。

 安全保障環境も日増しに悪くなっていく昨今では、猪木氏が実践したスポーツによる関係構築は望むべくもない。泉下のカリスマは、いま、日本に砲門を向け続ける「近くて遠い国」の現状をどう見ているのだろうか。

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