文春オンライン

2022/10/21

genre : ライフ,

摩耶観光ホテルの意外な歴史

 摩耶山の中腹に位置するマヤカンは1929年に竣工した。その後、ホテルの名前を変えつつ営業したが、戦時中に営業休止を余儀なくされた。1961年に摩耶観光ホテルとして再スタートを切ったが、台風被害で再び営業を停止。その後、学生の合宿場として使われていたが、1993年に全ての営業を終えて廃墟となった。

 廃墟化した後は、時おり廃墟マニアが訪れる、知る人ぞ知るスポットとなっていたが、阪神淡路大震災以降は、年々建物の老朽化が進んでいる。

地域住民との連携もあって2021年に文化財に登録された摩耶観光ホテル

 そんな廃墟が転機を迎えたのが2014年。産業遺産を巡る旅を推進するNPO法人J-heritageがマヤカンの所有者と出会い、地域住民とも連携してマヤカンの有効活用について模索を開始。建物の文化財登録を目指し、活動を続けてきた。そして2021年、モダニズム建築としての価値が評価され、ついに国の登録有形文化財に登録された。

 これは、とても画期的なことだ。これまで、建物の産業における価値や、建物そのものの文化的価値が認められ、産業遺産や文化財に登録されることはあった。しかし、マヤカンは誰がどう見ても廃墟だ。モダニズム建築を理由にしているものの、実際には廃墟としての魅力をもって、文化財に登録されたと考えられるだろう。

2階は昼間なのに真っ暗でグッと雰囲気が変わる

 廃墟といえば、暗くて怖い建物というイメージが強く、鬼怒川温泉のように点在する廃墟が地域の景観を損ねていると問題になることも多い。その一方で、宮城県にある遊園地跡の廃墟を訪ねる「化女沼レジャーランド バスツアー」が毎回満席になるなど、廃墟が観光資源になることもいまや珍しくない。

 廃墟であるマヤカンが文化財に登録され、日本で初めて廃墟の価値が公的に認められたということは、廃墟そのものの価値が広く世間に認められているわけだ。観光資源としての有効活用など、“廃墟の未来”をマヤカンが切り開くかもしれない。