文春オンライン

2022/10/17

 たとえば、金属板を切り開いたり大きな缶を開けたりするとき、まずナイフの切っ先を表面にガツンと打ち込み、次に背部のセレーションを引っ掛けて、テコの原理で缶切りのように切り進めていく。木を切りたければセレーションをノコギリのように使うこともできる。

 このようにセレーションを備えたナイフを「サバイバルナイフ」という。

 第二次大戦中に軍用ナイフとして普及したものだ。17歳の少年がそんな危険なナイフを所持し、人を刺すこともいとわない。中国残留孤児たちが結成した怒羅権という暴走族は、極めて凶悪な集団だ――。

 浦安ウエスタン事件を機に世間は私たちをそのような目で見るようになったIはなぜサバイバルナイフを所持していたのか。

 実はIにかぎらず、怒羅権の初期メンバーは、ほぼ全員がいつもサバイバルナイフを持ち歩いていた。おそらくそれは私の影響だったに違いない。

 私たちにとって喧嘩に刃物を使うのは日常茶飯事だった。

写真はイメージです ©iStock.com

 私は中学3年の二学期に怒羅権を立ち上げた当初から、いつもナイフを身にまとっていた。初めて鑑別所に入ったのは高校1年のときだったが、それは遡ること1年前、中学時代に恐喝した相手の服をナイフで切り裂いたことに起因する。

無意識にポケットに手を入れて果物ナイフを取り出すと…

 初めて人を刺したのは、それから数年後の18歳のときだ。

 ある日、怒羅権の仲間たちと単車で都道の船堀街道を流していると、東西線西葛西駅近くの高架下で正体不明の車両に襲撃されたことがあった。その車は後方から猛然と突っ込んできて、私たちを単車ごと軒並みなぎ倒したのだ。

 正体不明の車両はスキール音を鳴らしながら乱暴にUターンし、またこちらに向かってきた。

 このまま地面に転がっていたら確実に跳ね飛ばされる。

 こういう場合は逃げるが勝ちだ。仲間たちはすぐに逃げ散った。

「ヤバい、俺も逃げるか――」

 そう思って走り出したとき、ふっと後ろを振り返ると、私のケツに乗っていた舎弟が車から降りてきた正体不明の輩に捕まっていた。このまま私が逃げたら舎弟はさらわれるだろう。

 私は半ば無意識にポケットに手を入れて果物ナイフを取り出すと、「てめえ、この野郎!」と叫びながら正体不明の輩に向かっていった。