「トランプは新型コロナウイルスとその感染拡大を過小評価し、そしてどのような結果が現れたとしても、自身の対策は大きな成果を上げたと主張し続けた。」
評論家の宇野常寛氏は、アメリカ前大統領のドナルド・トランプ氏が新型コロナウイルス流行の混乱を積極的に政治利用したと話す。それはなぜか——。ここでは、宇野氏が2022年10月20日に刊行した著書『砂漠と異人たち』(朝日新聞出版)より一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目/1回目から続く)
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ドナルド・トランプ再び
多くの人間たちがウイルスという未知の存在とのコミュニケーションに背を向けることを選びつつあること、そしてインターネット(特にFacebookやTwitterなどのSNS)が未知のウイルスから目を背け、既知の人間たちの世界へ逃避する場所として機能していることは、経済的、政治的な動員を必要としている人々に大きなチャンスを与えた。
たとえばドナルド・トランプは、この状況を積極的に利用しようと考えた人間の1人だった。2021年4月の時点で、新型コロナウイルスによる死者数がもっとも多いのはアメリカ合衆国だった(※4)。広く知られているように前大統領ドナルド・トランプは、新型コロナウイルスを過小評価していた。「それはただの風邪の一種にすぎない」というのがトランプの一貫した見解であり、そのため多くの局面で出遅れた。
世界最多の感染者数をアメリカの検査実施の成功の証だと主張し、「この数字を名誉だと考える」トランプは新型コロナウイルスとその感染拡大を過小評価し、そしてどのような結果が現れたとしても、自身の対策は大きな成果を上げたと主張し続けた。その結果が、景気浮揚を優先した初夏から夏にかけての規制解除であり、この判断がその後のアメリカの「惨状」の直接的な原因だ(※5)。
トランプはなぜ、このような見え透いた嘘を発信し続けたのか。その理由は明白で、意図的にデマを流し続けることこそが、彼が敗色濃厚な来るべき大統領選に望みをつなぐための最適解だったからだ。まず現職大統領であったトランプは、再選のためには何食わぬ顔で規制を解除して景気を浮揚するという「賭け」に出るしかなかった。そしてトランプがこの「賭け」に出ることを可能にしていたのは、その支持層の新型コロナウイルスに対する過小評価と、国家による行動規制に対する反発だった。
今日のアメリカにおいてCOVID-19を「ただの風邪」であると断じること、つまり新型コロナウイルスの感染対策を拒否することは中西部のブルーカラー白人層を中心とした没落しつつある中間層──「忘れられた人々」──のアイデンティティに対する承認として機能している。
なぜならば、パンデミックの抑制を目的とした国家の個人に対する行動規制を拒否することは、彼ら「忘れられた人々」の間においては自己決定と自己責任を尊重する建国の理念に忠実な行為として、伝統を尊重する「古きよきアメリカ人」の態度として位置づけられているからだ。
ソーシャルディスタンスを不必要であると批判して経済活動の回復を主張することと、アメリカ・ファーストを掲げて世界の警察の位置を降りること、不法移民を排除するための「壁」の構築を宣言すること、そして妊娠中絶やLGBTの権利を否定することはすべて、かつてアメリカという社会の中心を占めていたある種のアイデンティティを肯定することを意味しているのだ。