こうした新しい世界観に対して、少なくない人々が鬼の首を取ったように語る。Anywhereな人々だろうが、クリエイティブ・クラスだろうが、それは所詮は資本主義のシステムに踊らされているだけで、システムそのものに対する批判力はもたないのだ、と。しかしそれはただの無知が可能にする態度であり、紋切り型の言葉のもたらす思考停止だ。彼らは、自分たちのプレイするゲームを自分たちでプログラムすることができる。
実際に4半世紀前にシリコンバレーの人々はサイバースペースという新しいゲームボードを用意し、評価経済の可視化という新しいゲームルールを作り出すことに成功している。彼らは自分たちがプレイするゲームを自分たちで作り出すことができるメタプレイヤーだ。資本主義という怪物(自己増殖のシステム)の厄介さはここにある。
人類がもう一度手に入れた、世界を変える方法
彼らの市場に技術を投入することによる社会変革を試みる思考を、政治的なアプローチではなく経済的なアプローチで社会を変える思想を、20世紀の、そしてマルクス主義の亡霊たちは「カリフォルニアン・イデオロギー」と呼び批判する。それは、西海岸のヒッピーと東海岸のヤッピーの「野合」であるというのが彼らの主張だ(※8)。
革命で世界を変えることを試み、そして失敗した人々の一部は、アメリカのフロンティアの果てにある西海岸において自己の内面を変革することで世界の見え方を変えようとした。自然崇拝、ドラッグ、禅の(やや歪んだ)輸入……西海岸たちのヒッピーがその精神世界を開拓するために導入したものの1つがコンピューターだった。それは最初は精神世界を可視化する仮想空間として登場した。
サイバースペースと名付けられたそれは失われたフロンティアを仮想空間で回復したものであり、そして既存の資本主義社会の外側に存在する「もう1つの社会」の場として期待された。そしてこのサイバースペースはインターネットの普及によって、急速に拡大し、その過程で東海岸のヤッピーと出会う。ヒッピーの脱社会性と反権威性にヤッピーたちの資本主義への過剰適応が合流したとき、シリコンバレーは生まれた。
このとき、資本主義社会の外部を捏造するはずだったサイバースペースは、資本主義社会のあたらしいフロンティアとしてその内部に組み込まれた。そしてそのことによって、社会をその内部から変革する力を手に入れたのだ。
そう、このとき、人類はもう一度、世界を変える方法を手に入れたのだ。ただし今度は政治的なアプローチではなく、経済的なアプローチによって。問題はこのあたらしい社会変革の可能性が人類を前に進ませると同時に、とくに民主主義に大きな混乱をもたらしていることだ。
世界に素手で触れる手触りを得られるのは、このAnywhereなメタプレイヤーたちのみであり、Somewhereなノンプレイヤーキャラクターたちには許されていない。Anywhereな人々とSomewhereな人々を分離しているのは、このメタ的なアプローチの有無──世界に素手で触れる手触りを得られているか否か──だ。
こうして考えたとき、民主主義に参加してローカルな国家の変革を試みるインセンティブが高いのは、圧倒的にSomewhereな人々である。今日において、民主主義とは承認の再分配の装置であることは既に述べた。そしてより具体的には「忘れられた」「Somewhereな」人々に世界に素手で触れるときの手触りを与える装置だ。それは世界とはいっても国家というローカルなものに過ぎない。
だからこそ、彼らは「壁を作れ」と叫ぶ者を支持する。グローバルな市場という地球規模のゲームボードを無効化し、時計の針を擬似的に逆行させること。それが彼らによりしっかりと世界に素手で触れる手触りを与えるための条件なのだ。もちろん、トランプには、そのようなことに意味がないことは分かっているだろう。
しかし、彼が民主主義のゲームに勝つためには、それが実効性がなくても、実現不可能であったとしても壁を作れと叫ぶしかなく、新型コロナウイルスの感染症はただの風邪であると断じるしかなかったのだ。
※4・・・https://www.nytimes.com/interactive/2021/us/covid-cases.html
※5・・・たとえばトランプは感染の拡大が進行しつつあった2020年1月末の段階で「(新型コロナウイルスは)完全に管理下にある」と述べ、連邦政府による組織的な感染対策に消極的な姿勢を見せていた。ここから数週間の出遅れ、特に検査の進行が進まなかったことが後の感染拡大に大きく影響したことは間違いない。また、ヨーロッパからの渡航規制も遅かった。トランプは1月30日の時点で中国との往来を制限していたものの、2月に入っても感染の拡大するヨーロッパからの渡航については無規制だった。トランプがヨーロッパからの渡航の規制を決断したのは、3月11日にWHOが全世界にパンデミック宣言を出したあとで、これが確実に遅かった。こうしたトランプの出遅れを、彼を批判する勢力は「失われた6週間」と呼ぶ。そして、この「失われた6週間」によって状況は大きく悪化した。その「失われた6週間」を経て、アメリカ全土が未曽有の感染拡大に直面してもなお、トランプは連邦政府として外出禁止や休業要請を出さなかった。
感染対策は基本的にアメリカの各州に預けられ、3月後半からそれぞれの州が主導して屋内退避、店舗閉鎖などの感染対策が取られていった。これらの決定は保守派から大きな反発を受けた。しかし、これらの対策は相応の効果を上げていた。それだけにこの年の初夏にテキサス、カリフォルニア、フロリダ、アリゾナなどの各州で行われた屋内退避と店舗閉鎖の緩和は明らかに早すぎた。これらの州は、疾病対策センター(CDC)が示した基準(感染者数が2週間続けて減少、ウイルス検査の陽性率が5パーセント未満など)が満たされていなかった。
※6・・・A・R・ホックシールド『壁の向こうの住人たち アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』(布施由紀子訳)岩波書店、2018年
※7・・・David Goodhart 『The Road to Somewhere: The New Tribes Shaping British Politics』Penguin, 2017
※8・・・リチャード・バーブルック、アンディ・キャメロン「カリフォルニアン・イデオロギー」(篠儀直子訳)『10+1』No.13・特集=メディア都市の地政学、LIXIL出版、1998年