『ループ・オブ・ザ・コード』(荻堂顕 著)新潮社

「一昔前に書かれた小説は〈世界対自分〉という構図で、主人公の悩みが外的要因との戦いの中で解決される物語が多かったと思います。世界が大きくなりすぎてそこに対峙するものの姿を求められなくなった今は〈自分対自分〉から始めなくちゃいけないのかな、と」

 2020年に新潮ミステリー大賞を受賞してデビューした荻堂顕さん。受賞作は歌舞伎町を舞台にした異世界×ハードボイルドとも言うべきミステリーだったが、2作目となる本作『ループ・オブ・ザ・コード』は2段組で400頁超のSFエンタテイメント巨編だ。

 舞台は疫病禍を経た近未来、20年前に全ての歴史が“抹消”され、国際連合による全権掌握のもと再建された国イグノラビムス。そこで児童200名以上が同時多発的に原因不明の発作に襲われる奇病を発症し、世界生存機関(WEO)所属のアルフォンソは調査を命じられて現地へ向かう。物語は、彼が機内で代理母出産斡旋業者(サロガシーエージェンシー)のパンフレットを読む場面から始まる。

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「2040年くらいを想定して書いています。実際にある3つぐらいの国をモチーフに、架空の国を作りました。この国の首都は何から何までアメリカそっくりであるという設定ですが、子供の頃にニューヨークに住んでいたのでイメージしやすかったんです」

 この国の歴史が抹消されたのは、クーデターを起こした国軍が特定の民族のみ殺害する生物兵器を使用したためだった。その生物兵器が何者かに強奪される事件も発生し、アルフォンソらWEOのチームには行方を探る密命も下される。

 子供達へのカウンセリング、また強奪犯を追う過程で、イグノラビムスで起きていたことが判ってくる。それは「生まれるとはどういうことか」と、出生の功罪そのものを問うような内容だった。アルフォンソは自身の生に疑問があり、家族や故郷を捨てていた。その上で同性のパートナーとの間に子を持つべきか悩んでいた彼は、葛藤を抱えながらも解決に奔走する。

 そんな本作のテーマは、反出生主義だ。

「現在でこそ親ガチャなんて言葉でフィーチャーされますが、我々の世代的にすごく身近に感じられるテーマです。ただ『生まれてこなければよかった』という反出生主義的な考えは、子供の視点、被害者の立場から言われている場合が多いように感じていて。それは理解できるんです。でも、その理屈があまりにも正当化されていると思うし、いつまで被害者を続けるんだろう、続けられるんだろうとも思う。我々は生きている限りどこかしらで誰かに加害を行っているわけで、純然たる被害者ではいられない。いずれ皆、子供ではなく親の視点にならなくてはいけない。反出生主義を書く上で、親の視点を盛り込むということは、意識していたところでした」

荻堂顕さん

 SF作品ではグレッグ・イーガンやロバート・A・ハインラインなど、海外作家を多く読んできたという荻堂さん。一方で今回の執筆にあたっては、伊藤計劃が念頭にあったと語る。

「色々なジャンルを書いていきたいのですが、このテーマを扱うと決めた時、最も合うのはSFだと思いました。やはり、伊藤さんの存在は大きくて。僕もファンですし、『虐殺器官』『ハーモニー』でも、生まれてきた苦悩というテーマは通底しているように感じています。僕自身、この作品を書いて、考えを整理できた感覚もありました。頂いた感想の中には『ちょっと重たい』というのもあって、それはもう、受け止めるしかないんですけど(苦笑)」

おぎどうあきら/1994年生まれ。東京都出身。早稲田大学文化構想学部卒業後、様々な職業を経験する傍ら執筆活動を続ける。2020年、『擬傷の鳥はつかまらない』で第7回新潮ミステリー大賞受賞。本作はデビュー2作目。