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「こんなに優しく“絶望”を描く作家を他に知らない」宮部みゆきの初・SF短編集

大矢博子が『さよならの儀式』(宮部みゆき 著)を読む

2019/10/02
note
『さよならの儀式』(宮部みゆき 著)

 宮部みゆきはこれまでにSFの設定を取り入れた作品をいくつか書いている。タイムスリップを使った『蒲生邸事件』、超能力を扱った『龍は眠る』『クロスファイア』などだ。これらの長編はいずれも、物語を動かすために、あるいはミステリの謎解きのために、SFの設定を利用するという使い方だった。

 初のSF短編集となる本書では、真正面からのSFに挑んでいる。物語のためにSFを使うのではなく、SFの設定で物語の世界を構築するという挑戦だ。八編の収録作が書かれた時期は十年にわたるが、新境地と言っていいだろう。

 収録作の中には、一見、現実と同じ社会が舞台のように思える作品もある。けれど読み進むうちに「そういう世界だったのか!」とわかってくる。そして「そういう世界」だからこそ描けるテーマが浮かび上がるのが読みどころ。

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 たとえば最後に収録された「保安官の明日」では、ごく平凡な、おそらくはアメリカの片田舎らしい情景が綴られる。設備の修理に町民が忙殺されたり、結婚式前日に新郎に横恋慕した女性が騒ぎを起こしたり。作中に登場する小道具が妙にハイテクで、近未来っぽさとわずかな違和感はある。それでも読者はその人間模様を楽しみ、その町で起きた誘拐事件の顛末にハラハラすることだろう。

 ところが終盤、事態は思わぬ展開になる。「そういう世界だったのか!」とわかったときの衝撃。そしてなぜそんな世界が生み出されたのかを知ったときの絶望と、その中にかすかに覗く奇妙な爽快感。圧巻だ。

 収録作には、他にも絶望を描いたものが多い。被虐待児を親から切り離し、記憶を封じ込めて別の家庭と養子縁組をさせる法律が施行された世界を描く「母の法律」。新たな家庭で幸せに暮らしている元被虐待児の目線で語られるこの法律は、一見素晴らしいシステムのように思える。だが決してそうではないことがじわじわと伝わってくる。

 学校を早退する妹の面倒をみる姉のエゴが〈おともだち〉のせいであからさまになる「星に願いを」。かつて親を殺した〈少年A〉がネットによって祭り上げられる「聖痕」。虐待やネットの暴走などリアルな恐怖と行き場のない悲しみはまさに絶望だ。けれどどこかに、かすかに、一条の光のようなものが見える瞬間がある。私はこんなに優しく〈絶望〉を描く作家を他に知らない。

 一方、四十五歳の主人公の前に十五歳の自分がタイムスリップしてきて、「こんな干からびたおばさんになるくらいなら、とっとと死ぬ」と嘆く「わたしとワタシ」や、侵略者の存在に気づき敢然と立ち上がるドン・キホーテのような老人を描いた「戦闘員」など、クスリとさせてくれる作品も。「海神(かいじん)の裔(すえ)」は伊藤計劃『屍者の帝国』トリビュートだ。表題作も含め、粒ぞろいの八編である。

みやべみゆき/1960年、東京都生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。99年『理由』で直木賞、07年『名もなき毒』で吉川英治文学賞など受賞多数。近著に『昨日がなければ明日もない』など。

おおやひろこ/1964年、大分県生まれ。書評家・ライター。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。

さよならの儀式

宮部みゆき

河出書房新社

2019年7月10日 発売

「こんなに優しく“絶望”を描く作家を他に知らない」宮部みゆきの初・SF短編集

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