僕は考える。「美しいこ――」は「美しい声」しかない。極楽浄土に住んでいる美しい声の持ち主――答えは1つに確定している。知識さえあれば正解できる問題だ。そして、本庄絆は誰よりも知識を持っている。
カメラマンの足元には大きなモニターがあって、そこにはテレビで放映されている僕たちの姿が映しだされている。
解答権を得た本庄絆は一点を見つめたまま記憶の引きだしを引っ掻きまわし、必死に答えを探している。彼はナイフリッジを歩く登山家だ。彼の両側は切り立った崖で、一歩間違えれば奈落に落ちる。答えが見つからなくても、誤った答えを口にしても彼は失格になる。
僕は彼がプレッシャーを感じるよう、可能な限り「おいおい、まさかそんな答えも出てこないのかよ」という表情を作って彼を見る。
僕の小細工は効果を発揮せず、本庄絆が「あった」という顔をする。
息を整えてから本庄絆が「迦陵頻伽」と答える。自信のある大きな声で。
正解を示す「ピンポン」という音がする。観覧席から「おお」という声と、続いて拍手が聞こえる。
6―6。
これで僕たちはポイントで並んだ。次が優勝者を決めるクイズになる。観客席の拍手がどよめきに変わる。
初代『Q―1グランプリ』王座は三島玲央、本庄絆、どちらの手に?
僕はゆっくり瞬きをする。白い光がぼんやりと溶けていく。手前のモニターには、先程の問題の全文と、真剣な表情で一点を見つめる本庄絆が映っている。
「Q.仏教において極楽浄土に住むとされ、その美しい声から仏の声を喩える場合にも用いられる、上半身が人で下半身が鳥の生物は何でしょう? A.迦陵頻伽」
空気が張り詰めている。それまで、1問終えるごとにコメントを聞いていたMCも、その空気を感じとったようだ。
「ついに大詰めです。次の問題で優勝者が決定します。さあ、初代『Q―1グランプリ』王座は三島玲央、本庄絆、どちらの手に渡るのか」
MCが小さくうなずき、「次に行きましょう」という合図を送る。モニターに映るアナウンサーが再び息を吸う。スタジオ全体が静寂に包まれる。
「問題――」
ついに来た。1000万円。次のクイズに1000万円の価値があることを、僕はぼんやりと意識する。緊張で、ボタンに置いた右手が少し痙攣している。
問い読みが息を吸い、口を閉じる。
その瞬間だった。
パァン、という早押しボタンが点灯した音が聞こえた。自分が間違えてボタンを押してしまったのではないかと思い、慌てて手元のランプを確認したが、明かりは点いていなかった。僕はすぐに隣の本庄絆を見た。彼のランプが赤く光っていた。
僕は真っ先に「ああ、やっちまったな」と思った。本庄絆に同情した。まだ問題は1文字も読まれていない。1文字も読まれていないということは、この世界を構成するすべての事物の中から――つまり無限通りの選択肢から――答えをつまみあげないといけないということだ。