会場がどよめくなか、本庄が口にした内容
優勝を決める大事な問題で、本庄絆は誤ってボタンを押してしまった。『Q―1グランプリ』は生放送だ。この瞬間を何百万人という人が目撃してしまっている。最終問題を撮り直して、本庄絆のミスをなかったことにはできない。
本庄絆はすでに2回誤答している。もう一度誤答すれば失格になる。そういうルールだった。
勝ちは勝ちだ、と僕は考える。望んだような終わり方ではなかったが、どちらにせよ1000万円は僕のものだ。残念だったな、本庄絆。
観覧者もMCもスタッフも、みんな本庄絆のミスに気づいていた。舞台袖のディレクターが慌てた様子で、インカムに向かって何かを喋っていた。想定外のトラブルに、困惑のどよめきが広がっていた。
「ママ.クリーニング小野寺よ」
本庄絆はそう口にした。
「え?」
思わず僕は声を出していた。極度の緊張で、本庄絆の頭がおかしくなってしまったのではないかと疑った。横を向いて本庄絆を見た。無表情のまま、まっすぐ前を見つめていた。テレビで何度も見たことのある表情だ。やるべきことをやって、あとは世界が自分に追いつくのを待っている表情。
もしかして――と僕の心臓が高鳴る。解答に自信があるとでもいうのだろうか。しかし、いったいどういう基準で、1文字も読まれていないクイズの答えを出したのだろうか。
僕はMCの顔を見て、それからステージの傍にいる問い読みをしていたアナウンサーの顔を見た。MCは怪訝そうな顔をしていて、アナウンサーは大きく目を見開いて驚いていた。
会場は妙に静まりかえっている。舞台袖のスタッフが小さく「どうする?」と口にしたのが聞こえた。「いいのか?」という声も聞こえた。
「ママ.クリーニング小野寺よ」
もう一度、本庄絆が口にした。
それから10秒ほどの間があって、正解を示す「ピンポン」という音が鳴った。舞台の両脇から白い煙が勢いよく噴射され、頭上から紙吹雪が舞い落ちてきた。そのときになっても、僕には何が起こったのかわからなかった。ディレクターがカンペを出す。MCが半信半疑のままそれを読みあげる。
「なんということでしょう! この時点で、勝者が決定しました。第1回『Q―1グランプリ』、栄えある初代王者は本庄絆です!」
MCのその言葉で僕はようやく事態を把握した。本庄絆が勝ったのだ。彼は問題が読まれる前に押して、正解したのだ。スポンサーが小切手を抱えて舞台袖からやってきた。
僕は呆気にとられてステージの上手側で棒立ちしていた。
ステージ上は紙吹雪とスモークでほとんど何も見えなかった。何度も目をこすって、目の前で起こっていることが現実かどうか確かめた。天を仰ぐと、紙吹雪が口の中に入った。僕は紙吹雪を右手でつまみだし、どういうわけかポケットに入れた。そのあたりから頭が真っ白で、番組が終わって控室に戻るまで記憶がない。