2022年10月7日、作家・小川哲さんがクイズ小説の金字塔とも言える作品『君のクイズ』(朝日新聞出版)を刊行した。本作はクイズプレーヤーの思考と世界を体験できる“知的興奮エンターテインメント作品”となっており、作家の伊坂幸太郎氏やテレビプロデューサーの佐久間宣行氏らも絶賛の声を寄せる。今回は、『君のクイズ』の試し読みを文春オンラインで特別公開する。

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第1回『Q―1グランプリ』のファイナリストの覇者になれば賞金1000万円

 白い光の中にいた。下半身の感覚がなくて、宙に浮いているような気分だった。きっと長時間の生放送で緊張と緩和を繰り返してきたからだろう。緊張と緩和。お笑い芸人の間で「笑いの基本」として挙げられる、「緊張の緩和」という落語理論を提唱した、上方落語界を代表する落語家は――僕は脳内で早押しボタンを押して、「桂枝雀」と答える。僕はよく、思考がクイズに向かってしまう。真剣に考えごとをしていたはずなのに、いつの間にかクイズを解いていた、そんな経験もよくある。

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 顔をあげて周囲を見渡す。テレビ用の照明が眩しくて、スタジオにいた100人の観覧者の顔は見えなかった。隣に立っている対戦相手の本庄絆の横顔を見る。まっすぐ伸びた鼻筋に汗の粒が浮かんでいる。僕は目を閉じる。本庄絆の気配が消えてなくなる。番組のMCを務めるお笑い芸人と女優も、観覧席にいるはずの両親と兄も、生放送のテレビを見ている数多くの友人も、世界のどこにもいない。僕はただ真っ白な光の中にいて、目の前にはクイズだけが存在している。

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 何年かに一度、こういう状態になることがある。スポーツ選手における「ゾーン」みたいなものなのかもしれない。「打撃の神様」の異名を持ち、「ボールが止まって見える」の名言でもお馴染みの、読売巨人軍の選手、監督だった人物は――川上哲治。

 クイズが止まって見える。そんな言葉を口にしたくなるくらい、頭が回っていた。

 僕は右手を伸ばした。手のひらの中で、クイズは霧のように溶けていった。新しいクイズが浮かびあがり、そしてまた消えた。これまで僕が出会ってきたクイズと、これから僕が出会うはずのクイズが、僕の体のまわりに漂っていた。

 僕は第1回『Q―1グランプリ』のファイナリストとして、六本木のスタジオの解答席に立っていた。次は第15問目が出題されるところだ。7問先取の短文早押しクイズで、僕はすでに6問正解していた。対戦相手の本庄絆は今のところ5問正解で、つまり次の問題に僕が正解すれば、僕は第1回『Q―1グランプリ』の覇者となる。賞金は1000万円――手にしたことのない大金で、おそらくそれなりに人生が変わる額だ。