昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集クイズです

”東大クイズ王”伊沢拓司 塾バイト月100時間も「クイズで食えるようになるまで」

「東大模試でまさかの0点」東大受験の恩師・林修先生との思い出も

 TBSの人気クイズ番組『東大王』で芸能人を迎え撃つ「東大王チーム」“東大最強の知識王”として一躍有名になった伊沢拓司さん。
 学生時代に数々のクイズ大会で成績を上げ、伝統の『高校生クイズ』では史上初となる個人2連覇を達成。開成高クイズ研究部の黄金時代を牽引した存在でもあります。

 今年の春には「東大王チーム」を卒業し、新たに敵であった芸能人チームの助っ人として登場。さらに会社を立ち上げ、代表に就任。新しいことに挑戦し続ける25歳の若きクイズ王の、これまでとこれからをじっくりお聞きしました。

 

◆◆◆

「東大王チーム」卒業からはや半年

――今年の春に「東大王チーム」から卒業されました。

伊沢 卒業の時は感じなかったのに、今になって寂しさを感じるんです。卒業してからすぐはルール上出番がない時もあって、誰にも会わないでスタジオ入りして、収録終わってまた1人でスタジオを出ると「寂しいな」ってすごく感じていましたね(笑)

――伊沢さん卒業の時に、鈴木光さんは思わず泣いていましたね。伊沢さんから見てどんな方なんですか?

伊沢 彼女は努力の権化です。元々競技クイズの経験があった僕ら3人(水上颯、鶴崎修功)とは違って、ほぼ未経験にも関わらず活躍していました。そのための血のにじむような努力を陰で淡々としている。今最も戦いたくない相手でもありますね……いや、戦いたいのかな?(笑)

 

――水上さん、鶴崎さんとは同じ東京大学の先輩後輩です。

伊沢 どちらも方向は違えどクイズに対してアツい人間です。水上はクールだと思われがちですが、一番感情が入るタイプ。昔より出し引きというか、表し方が上手になった気がしますね。鶴崎君も着実に実力が伸びていますね。

―― 「東大王」に初めて出演された時はいかがでしたか?

伊沢 「全力を出して戦ってこい。その代わり、メチャクチャ強い芸能人チーム用意したから」みたいなスタンスの番組で、僕はただただ収録を楽しんでいました。それまではひらめき問題が苦手だったんですけど、丁度仕事でそういう問題をたくさん作っていた時期で苦手が克服されてたりして、良い成績も残せました。

「ネットメディアの編集長をしているのに、ネット代が払えない」

――クイズの作成もされるんですね。

伊沢 もともと大学生の時からQuizKnockという「身の回りのモノ・コトをクイズで理解する」をコンセプトとしたメディアを立ち上げて、問題作成をしていました。その頃は人手不足で、苦手なジャンルの問題も作っていたんです。

 

――今年春に東大大学院を中退されて、その事業を株式会社QuizKnockとして新しくスタートしました。

伊沢 僕の中のけじめです。数多くの大学生や社会人スタッフと一緒に活動しているのですが、「俺はこのQuizKnockと添い遂げていくぜ」と宣言をして、より責任感を持ってみんなと仕事をしたいと思ったんです。

――今では2019年の『JC・JKトレンド予測』に「QuizKnock」が入るほどの人気です。

伊沢 トレンド入りは僕らもびっくりでした。本当にありがたいです。 今でこそありがたいことに沢山の方に応援していただいてますけど、2016年にメディアを立ち上げた当初はそれこそネットメディアの編集長をしているのに、ネット代が払えないくらいお金がなくて。家にネットが通ってなくて、ずっとコーヒー1杯で粘って、お店のWi-Fiでウェブメディアを作ってました。実はそんな状況で、『東大王』レギュラー化のお話があったので「宣伝になるかもしれない」と飛びついた経緯があります(笑)。東大王がレギュラー化すると、同時期に始めたYouTubeの人気も上がってきて。

インタビューは普段伊沢さんが「QuizKnock」の動画撮影しているという場所で行われました

――とはいえ、ご両親は心配されていませんでしたか?

伊沢 実は大学院へ行くときもですが、会社を作ることも両親には相談していないんです。そういうところは僕に任せてくれるんです。

――それは昔からご両親の、伊沢さんへの接し方なんですか?

伊沢 小さい頃から僕のことを「大人」として見てくれるんです。話し方もあえて易しい言葉を使うんじゃなくて、普段通りに話してくれていました。今になってすごく思うのは、それってすごく親としてなかなか難しいことだと思うんです。そのおかげで今の僕があります。