それまでは一部の医療関係者か、この症候群を経験した人くらいしか知らなかった「睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome=SAS)という用語が、一気に世間に知れ渡ったのは2003年のこと。山陽新幹線の運転士が走行中に居眠りをして、列車集中制御装置が作動して緊急停止する、という事故がきっかけだった。
寝不足の授業中や、食後の会議などであくびを噛み殺して眠気と闘う――といった経験は誰にでもあるだろう。しかし、SASの眠気は、ただの眠気とはレベルが異なる。まさに「耐え難い」という表現が当てはまる強烈なもので、この睡魔に打ち勝つことは不可能だという。
“肥満に多い”という誤ったイメージ
そんな強烈な眠気を催すSASの仕組みについて、専門医療機関「グッドスリープ・クリニック」院長の斎藤恒博医師に聞いた。
「睡眠中に呼吸が止まる理由はいくつかあります。仰向けで寝ることで、舌根や口蓋垂(いわゆる「のどちんこ」)、軟口蓋などの柔らかい組織が落ち込んで、気道を塞いでしまうのです。気道が塞がれば窒息状態になります。十数秒から長い人で1分以上呼吸が止まることもあり、その間当人は意識のないまま苦しんでいるのです」
呼吸は止まっても、そのまま窒息死することはない。もがき苦しんでいるうちに呼吸は再開するのだが、本来の広さを持たない気道で無理やり空気を出し入れするため、「いびき」が発生する。黙っていれば呼吸は止まっていて、呼吸をすればいびきが響く。そんな状態で何時間寝たところで、疲れが取れないのも当然のことなのだ。
「意識のない睡眠中のこととはいえ、断続的に呼吸苦に陥っていることに変わりはなく、見た目は寝ていても体は起きています。特に気道が再開する時には、自律神経のうち、本来活動的な時に優位になる交感神経が活発になるため、脳も体も安静を保てなくなります。そのしわ寄せが、日中の“耐え難き眠気”となって現れるのです」(斎藤医師)
SASというと、肥満やメタボリックシンドロームの人に多い、というイメージがある。まだこの症候群の存在が世間に知られていなかった時代、当時の横綱大乃国(現・芝田山親方)が重度のSASに見舞われ、体調を崩したという経験も話題になった。
「肥満は重要なリスク要因です。気道の周囲に脂肪組織が多くなると、それだけでも気道が狭くなることがあります。重度の肥満患者には、横にならなくても呼吸がしにくくなる人もいますよ」
確かに、立っているだけで「ヒューヒュー」とか「ピーピー」とか“音を伴う呼吸”をしている人を見かけることがある。多くはハンバーガーとコーラとサスペンダーが似合うタイプの体型だ。
しかし、斎藤医師は言う。
「“SAS=肥満”と考えるのは早計です。痩せている人にもSASはたくさんいます。特に日本人には……」
原因は「あごの小ささ」だ。
「あごの骨が小さい人が横になると、周囲の肉が骨の内部に収まり切れずに垂れてきて、やはり気道を塞いでしまうのです。弥生系の人種は“あごが小さい”という骨格的な特徴があり、日本人はこれに当てはまる人が多い」