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「実はまだ足りないんだ。あと400万円」

 犯人「200万円、確認できたよ。母さん、ありがとう。でも、実はまだ足りないんだ。あと400万円、振り込んでくれないかな?」

 母「わかった。ちょっと待っててね」

 母はもう一度同じ銀行に足を運び、お金を振り込もうとする。だが、窓口で「定期預金を解約しないと振り込めない」と言われ、定期を解約しようとするも、不審に思った銀行員に止められ、店の奥に連れて行かれる。振り込め詐欺を疑った窓口の人が、機転を利かせてくれたのだ。

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 ところが、母は銀行員に食ってかかった。

「私のお金なのよ! どうして止めるの!? 急いで豊にお金を振り込まなくちゃいけないのに!!」

 困り果てた銀行員は、母から家族の電話番号を聞き出し、家族と連絡を取ろうと試みる。だが、僕の携帯電話にはつながらず、姉は用事があってすぐに銀行へ向かえず、やむなく母は銀行員に付き添われ、調書を書くために警察署に連れて行かれた。

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被害に遭ったことを理解できない母

 母は警察に連れて行かれてもなお、「なぜ振り込ませてくれないのか。銀行が悪い」と文句を言い続けた。おまけに、振込額を200万ではなく2000万だと言い出すなど、調書もまともに取れない状態だった。

 結局、父が母を迎えに行ったが、母はやって来る父を見るなり、うれしそうな顔で「パパ~」と甘えてすがった。困っている自分を正義の味方の父が助けに来てくれたと、そんな雰囲気だったらしい。

 姉は事件のあらましを銀行の人から電話で聞かされ、用事を済ませて急いで我が家に駆けつけた。だが、姉の心配をよそに、母は拍子抜けするほどあっけらかんとしていた。「私、何か悪いことをした?」「豊のためにいいことをしたのよ」と言わんばかりの様子だったという。

「それにしても、どうして銀行は俺のところに電話をよこさなかったのかな?その時間なら電話に出られたし、出られなかったとしても、留守電に残してくれれば折り返し電話したのに」

「豊の番号にかけたらしいんだけど、つながらなかったっていうの。そういえばお母さん、『豊の携帯番号が変わった』って、別の番号が書かれたメモを持ってたわよ。番号、変えたの?」

 姉はそう言いながら、電話番号が書かれた紙を僕に見せた。でも、それは僕の番号ではない。まったく知らない番号だった。

「いや、変えてないよ。そんなこと、母さんにも言ってないし……」

 妙だなと思いを巡らせながら、僕は「そういうことか!」と気づいた。

 恐らく、前日すでに振り込め詐欺からの電話が来ていたのだ。息子を装い、電話番号を変えたと言って自分たちの番号を教え、家族にバレないようやりとりして、金を振り込ませようとしたのだ。

 こんな巧妙なことをされたら、認知症でなくてもだまされてしまう。なんて卑劣なことをするんだと憤りつつ、息子のピンチを何とか救おうとしてくれた母に対して、僕は申し訳ない思いでいっぱいになった。