文春オンライン

2022/11/12

メンツを潰された父の苦悩

 振り込め詐欺事件は家族全員に大きな衝撃を与えたが、最もショックを受けたのは、実は父だった。

 父は僕と同じ医者だが、地元警察の懇話会の会長も務め、この日も警察の重要な集まりに参加していた。だが、母が振り込め詐欺被害に遭って聴取を受けていると聞き、急遽、会を抜けて母を迎えに行った。

 突然の知らせに父が驚いたことは、言うまでもない。しかし父曰く、この時は驚きや心配を通り越して、顔から火が出るほど恥ずかしかったという。

 何しろ父は、懇話会の会長として振り込め詐欺防止のための講演も行っている。いわば、市民に向けて啓発活動をしている立場だ。にもかかわらず、身内が振り込め詐欺に引っかかるなんて、こんな恥ずかしいことはない、とんでもないことをしてくれたと、父は初めのうち、母にブツブツ文句を言っていた。

 しかし、いくら言っても母の反応は変わらない。「あたし、何か悪いことした?」という無邪気な表情を崩さない。そんな母の様子を見るうち、父も次第に脱力し、もう何を言っても仕方ないとギブアップしてしまった。

「もっとお母さんのことについて話し合うべきだったのかな」

 でも、そもそも悪いのは詐欺師であって母じゃない。母はお金をだまし取られた被害者であり、責められる道理はどこにもない。責められるべきは母ではなく、認知症かもしれない母にお金の管理をさせておいた僕なのだ。

 ただ、母はお金の管理を自分以外の人間にされることを嫌がっていた。姉が印鑑と通帳を管理すると言っても、「私がやる」の一点張りで、少しも聞き入れようとはしない。ここで僕がしゃしゃり出るのは気がひけるし、お金のことでもめるのも嫌だったから、僕はそれ以上介入しようとしなかったのだ。

 ところが、ここでまた1つ、僕は姉から衝撃の事実を知らされた。

「あら、お母さんは豊のことは信頼してたわよ。私は信用ならないけど、豊ならお金のことも安心して任せられるんですって」

「えっ!? 母さん、そんなこと言ってたの?」

「言ってたわよ。豊は私のお金を盗ったりしない、でも私とお父さんは盗る、だから信用できないんですって」

 母と姉は典型的な仲良し母娘だ。一緒に買い物にも行くし、旅行もする。過ごす時間も僕以上に長い。2人の絆は盤石だったはず(父はともかく)。にもかかわらず、姉がお金を盗ると言い出すなんて、普通の状態とはとても思えない。

 愕然とする僕の横で、黙って聞いていた妻が遠慮がちにつぶやいた。

「一緒に暮らしていたのに私たち、お母さんのこと放っておきすぎたかもしれないね。お母さんの様子がちょっとヘンだって気づいていながら、それぞれが忙しさにかまけて、お母さんの変化に向き合ってなかったかもしれない。もっとお母さんのことについて、顔をそろえて話し合うべきだったのかな」

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